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思春期の子どもを持つあなたに

コラム

第6部 ひきこもり(上) 1日のほとんどをトイレで過ごす中2男子。「ほかに安心できる場所がない」

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 厚生労働省の定義によると、「仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態」を「ひきこもり」と呼ぶ。ひきこもりは様々な要因が背景となって生じる症状の一つであり、単一の疾患や障害ではない。

 都内に住むA君は、中学2年の夏休みから、時々トイレにこもるようになりました。最初は1時間ほどを過ごす程度でしたが、徐々に時間が延びていきました。あの狭いところで何をしているのか、どうして出てこないのか、いくら母親が理由を尋ねても答えません。

 やがて本やパソコンをトイレに持ち込むようになり、一日の半分以上をあの空間で過ごすようになりました。

 母親がトイレのドアをノックしても返答さえありません。怒った父親がトイレの前で大声を出したり、トイレの電気を消したりもしました。それでも、反応はなく、根負けした両親があきらめて就寝した後に、トイレから出てきてテレビを見たり、コンビニに行ったり、冷蔵庫にあるものを食べたりするようになりました。

 この状況は、夏休みが終わり、2学期が始まっても変わりませんでした。

 日中はトイレにこもり、学校にも行こうとしません。

 業を煮やした両親が、たまたまトイレから出てきたA君を捕まえて、力づくで、クリニックに連れてきました。

合宿中に過呼吸発作を

 無理やり連れてこられたにもかかわらず、A君は興奮するわけでもなく、ふてくされるわけでもなく、静かに待合室で座っていました。診察室に入ってくると、憔悴(しょうすい) した様子で口数は少ないながら、心の中を話し出しました。

 「一人でいたい。学校も家も疲れる」

 中学生らしい言葉遣いで、私が理解できる話を始めました。

 A君は父親の勧めで剣道部に入っていました。

 夏休みに入ってすぐの合宿で、苦手な先輩と同室になってしまいました。その先輩は、下級生から恐れられており、おとなしいタイプのA君は部屋にいる間、いつもびくびくしていました。やがて、合宿3日目の夜、布団に入った直後に 動悸(どうき) がして、呼吸が苦しくなり、顧問の先生の指示で救急病院に行くことになりました。

 心電図などの検査で異常は見つからず、医師からは、精神的なことからくる過呼吸発作と診断されました。

 合宿所に迎えに来た母親と一緒に帰宅しましたが、それ以来、A君は新しい家庭内のルールに従って、生活をするようになりました。

 元々、心配性で口うるさい母親です。今回の件がきっかけで、その傾向がますます強くなりました。

 発作の症状が出ても、すぐに気づけるようにと、A君は自分の部屋で寝ることを禁じられました。両親に挟まれて、川の字で寝るようになりました。自分の部屋にいる時にドアを閉めていると「いつも開けておくように」と命じられました。勉強をしていても本を読んでいても、「何しているの? 大丈夫なの?」としょっちゅう部屋に入って、干渉してくるようになったそうです。

 一方の父親は他人への支配欲が強く、高圧的な性格でした。自分自身が文武両道を志していたことで、息子に対しても同じことを求め、幼稚園の頃から剣道、野球、合唱、そろばんを習わせ、小学校に入るとバイオリン、さらに学習塾もスケジュールに加わりました。

 進学する中学校は父親が決め、部活選択の際にも「もちろん剣道部に入るように」と、本来は生徒自身が書くはずの入部届を代わりに記入したそうです。

 まだ中学生なのに、A君は「父親には何を言っても無駄」と諦念し、自分の意見を言うことはありませんでした。

「何を言っても無駄だし、面倒くさいし……」

 さらに、両親の夫婦仲も決して良くありませんでした。

 母親は自分の心配事を夫がとりあってくれないことを不満に感じる一方、父親は妻のあまりに細かい訴えにうんざりし、コミュニケーションを避けて、仕事と趣味にエネルギーを注ぐようになっていました。

 そんな両親でも、一人息子の教育方針だけは一致していました。

 A君が父親には言えない不満を母親に言おうとすると、いつも母親が「あなたのためだから。絶対に役に立つのだから」と言葉をさえぎって、黙って従わせてきました。

 そんな家庭で育ったことで、A君は学校でも、友達と一緒のときにも、ほとんど自己主張をすることはなくなっていました。先生や友達に何か頼まれると断ることができず、面倒な役回りを押しつけられることもしばしば。いつもニコニコしているため、A君が内心、「本当はやりたくない」と思っていても、誰も気付きません。

 診察では、A君の本当の気持ちを理解するために、何回かにわたって、話を聞くことにしました。

 ある日、私はトイレにこもるようになったことについて尋ねてみました。

 A君の答えは、「とにかく一人になりたい。自分の部屋には鍵がないから、鍵がかけられるトイレしか安心できる場所はない」と話しました。そして、「そんなことを親に言うのも面倒くさい」と付け加えました。

 話を聞いていると、A君のつらさ、いらだちがよくわかりました。

 そして、「トイレに逃げ込まないで、自分の気持ちをお父さんやお母さんに伝えることも大切なのでは」と伝えてみました。

 A君は「両親と言い合いをしたくない。言ったって無駄だし、面倒くさいし。学校だって同じ」とつぶやきました。

 それっきり、A君は来院しなくなりました。

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shisyunki-prof200

せきや・ひでこ
精神科医、子どものこころ専門医。法政大学現代福祉学部教授。初台クリニック(東京・渋谷区)医師。前関東中央病院精神科部長。

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4件 のコメント

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だるま

問題なしと医師が判断されたんでしょ。

問題なしと医師が判断されたんでしょ。

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Anonymous

せっかくの機会をこの医師は潰してしまったと思う。

せっかくの機会をこの医師は潰してしまったと思う。

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A君がかわいそう

とある通行人

A君の気持ちを本当に理解したら、Aくんに、両親に相談したらという言葉かけは、おかしい。Aくん自身は、両親がどうにでもならないし、居場所がないから...

A君の気持ちを本当に理解したら、Aくんに、両親に相談したらという言葉かけは、おかしい。Aくん自身は、両親がどうにでもならないし、居場所がないから、唯一1人の空間になれるトイレという狭い空間で止まることしかできないのではと考える。両親に相談よりも、A君が別の場所で1人になれる空間を提供したりした方がいいのではないかと思う。
さらに、両親に考え方を見直すようなアプローチが必要だと思う。
そうではなくては、ただの自己満足で終わってしまうのではと思う。

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