訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~ 佐々木淳
医療・健康・介護のコラム
88歳の女性が医師の処方通りに大量の薬を飲んで救急搬送
東京都足立区で一人暮らしをしている田中タツさんは88歳。アパートの大家さんです。足腰はだいぶ弱っていて、一日中、掘りごたつに座って過ごしています。こたつの周りに必要なものは一通り置いてあるので、伝い歩きでトイレに行くとき以外は、ほぼこたつで過ごしています。食事は1日1回訪問するヘルパーさんが準備をしてくれます。
整形外科、内科、呼吸器科……1日7回、21種類の薬
そんなタツさんは、整形外科で変形性膝関節症と骨粗しょう症と診断され、病院に月に1回通っています。病院では痛み止めや骨粗しょう症の治療薬など、7種類の薬をもらい、1日3回、食後に服用しています。
内科の病気もいくつかあります。血圧を下げるための降圧薬を2種類、糖尿病の治療薬を3種類、コレステロールを下げる薬を1種類、入眠導入剤ももらっています。また昨年、要介護認定を受けた時、アルツハイマー型認知症と診断され、認知症の薬もスタートしました。1日3回、食後に飲む胃薬も、そして呼吸器科からも 去痰 剤や 咳 止めなど、5種類の薬をもらっていました。
糖尿病の治療薬のうち1種類は1日3回、食直前に飲まなければならない薬です。タツさんは、1日3回食前、3回食後、そして就寝前に入眠導入剤、1日7回薬を飲まなければならない、ということになります。
息子が手伝って処方薬をきっちり飲んだところ……
認知症のある一人暮らしの高齢者がきちんと飲むことができるのでしょうか? 普通に考えれば、少し難しいと思います。しかし、彼女の治療成績はとても優秀でした。血圧も血糖もコレステロールも十分に下がっていたのです。
お正月に息子さんが帰省してきました。息子さんはタツさんが薬の準備の手際が悪いのを見て、手伝ってくれました。朝食後に飲むべき18種類の薬をまとめて飲ませてくれたのです。
2時間後、タツさんは意識レベルが低下し、救急搬送されました。息子さんは脳梗塞を心配していましたが、診断名は低血圧と低血糖でした。普段、きちんと薬が飲めていなかったから、血圧も血糖もちょうどよかったのです。きちんと飲ませてしまったので、薬が効きすぎて、具合が悪くなったのでした。
薬を1日1回、5種類に減らす
その後、彼女の主治医を僕が引き継ぐことになりました。整形外科の薬も、呼吸器科の薬もまとめて管理し、最終的には内服は1日1回、5種類まで薬を減らしました。血圧と血糖は少しだけ上がりましたが、ご本人は元気に過ごしています。コレステロールの薬はやめましたが、数値は悪化していません。もともと飲めていなかったのですから当たり前ですよね。
整形外科から出ていた痛み止めの薬もやめてみましたが、膝の痛みは変わりません。入眠導入剤もやめてみましたが、睡眠時間には特に変化はありませんでした。
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ポリファーマシーの問題は難しいですね。
各科医の意見とメンツが交錯しますので。
一般の方の場合、検査や診断よりも手術や投薬といった治療をありがたがる傾向にあり、社会的にも問題が発生します。
もっとも、高齢者のみならず、慢性疾患の経過観察と投薬という目線の方がより適切でしょう。
若者の多くは短時間の薬剤投与で済む場合が多いため問題になりにくいだけです。
そして、本文にももう一つ重要な指摘があって、多少飲み忘れていることでバランスが保たれていた、と言うことです。
そういうアナログに行われる人間的なバランス感覚を無駄と捉えるか否か?
個人やクリニックの無駄の一言では片づけられない、人間的な、社会的な問題が存在します。
特定地域の違法投薬や転売のニュースを見るとみんな怒ります。
ところが、自分の身の回りの問題やその構造問題を考えれば、本当に難しいことがわかります。
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