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心のアンチエイジング~米寿になって思うこと 塩谷信幸

医療・健康・介護のコラム

読書こそ、心のアンチエイジング

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映画「マイブックショップ」は東京・飯田橋ギンレイホールほか全国で上映。 2017Green Films AIE,Diagonal Televisio SLU,A Contracorriente Films SL,Zephyr Films The Bookshop Ltd.

映画「マイ・ブックショップ」は東京・飯田橋ギンレイホールほか全国で上映。
2017Green Films AIE,Diagonal Televisio SLU,A Contracorriente Films SL,Zephyr Films The Bookshop Ltd.

 今年評判になった映画「マイ・ブックショップ」は僕のような本好きには (たま) らない作品です。イギリスの田舎町に本好きの未亡人がブックストアをオープンする。本好きだった亡き夫の遺志を継いで。それを快く思わぬ町の有力者があらゆる手を使ってイジメを続け、ついに彼女は撤退を余儀なくされる。

 今、ネットに駆逐されつつある印刷本の姿がかぶさってきます。だが、映画は“本よ永遠に!”という力強いメッセージで幕を閉じます。電子本が印刷本に取って代わることは絶対ありえないし、許せないと思うみなさん、ぜひこの映画をご覧ください。また書籍と 馴染(なじ) みの薄い世代こそ、印刷本を見直す機会に!

液晶の文字は無機質なメッセージ

 パソコンが導入され、インターネットが普及し始めた時、グーテンベルク以来の大革命ともてはやされました。IT革命が進み、AI(人工知能)へと進み始めると、革命は革命ですが、人知を破壊する革命ではないかと恐怖を感じるようになりました。ちょうどコントロールが利かなくなったがん細胞の観があります。我々は既に原爆・原発という「プロメテウスの火」を持て余しているのではないか? 人の道具であるべきテクノロジーが、人の手を離れて人を脅かすようになっています。

 電子ブック「キンドル」が出始めた時、早速送ってくれた友人がいましたが、紙に印刷された本で育ったものにはどうも馴染めませんでした。タブレットの液晶画面に現れる文字群は、意味のある中身というよりは、電光掲示板に映される無機質なメッセージ、例えば現在の気温とか、列車の到着の通知などと同列の……。

本と液晶画面では脳での扱いが違う?

読書こそ、心のアンチエイジング

 それに反して印刷され装丁された本は、それ自体が「小宇宙」であり、「宝石箱」です。そして背後には著者の息遣いを感じることすらできます。最近の認知大脳生理学の発達で、脳の機能の局在性が明らかになってきましたが、おそらく脳の中でのしまわれ方、つまり記憶のされ方は、本と液晶画面では扱いが全く違うのではないでしょうか。

 記憶を (つかさど) るのは大脳の海馬とされています。そして海馬は扁桃体と連携しながら、記憶の取捨選択をします。 扁桃(へんとう) 体は好き嫌いとか恐れとかの感情に関わる部位です。本は一つの物体として保存されるのではないかと思います。その中にはコンテンツもあるし、手に持った感触やページを繰る動作も含まれているのではないでしょうか?

 ですが、電子ブックの場合は、おそらく本の時のように保存機能が働かず、液晶画面が消えると同時に脳でも消去されるのではないかと僕は考えます。

そもそも僕は本のネット販売が馴染めません。

 本屋に赴き、本棚の迷路をさまよい、一冊一冊手にとってページをめくり、また本棚に戻す。これを繰り返しながら、場合によってはその一冊をキャッシャーに持ち込む。このプロセス自体が、本好きにとっては楽しみなのです。

 と言って僕は、インターネットの世界を否定するわけではありません。十数年来、ほとんどの連絡業務はeメールに頼り、またブログやフェイスブックなども活用してはいます。

大切にしたいのは人の営み

 そもそも今、僕が最も大切にしたいのは「人の営み」です。営みという「言葉の響き」かもしれない。それは (ぬく) もりを感じさせます。本を読むという行為も大切な営みの一つと僕は考えます。営みとは何も特別な行為でなく、日々の務めです。朝起きて夜寝るまで、3食を () り、仕事をし、家族を養い、友達と語らうといった。さらには人と人との関わり、街づくり、ボランティア活動。そして医療行為も。

 その営みの助けとして、人類は道具を開発してきました。たとえ人力の百倍千倍の力があろうと、「プロメテウスの火」の出現までは、あくまで人間がコントロールし、使いこなせる道具に過ぎませんでした。

 印刷術は書物を庶民のものとし、「知の拡散」に役立ってきた。腐敗したカトリック教会に対し、宗教改革の火の手が上がったのも、聖書が庶民に普及したおかげと言えます。ですが、AIはどうも違うようです。心を持ちません。下手をすると「知」を破壊し、寒々とした「心」をつくっていくように思えます。

40年前、パソコンが導入された当時、プログラマーと話して違和感を覚えたのを思い出します。

 こちらが何を聞いてもパッと答えが返ってこない、まずスタートボタンを押す。そして、あれかこれかの二つから選択する。あれを選べば……と、まるでパソコンのプログラムのアルゴリズムを脳でも展開しているような感じ。これがデジタル人間かと気づかされました。

 みなさん「活字文化」に戻りましょう。「本」を手にして、まず (てのひら) で重みを受け止め、指でページをめくりながら、紙の感触を楽しみましょう。そしてゆっくりと内容を味わう。この素朴な営みを通じて、豊かな感性を取り戻しましょう。読書こそ「心のアンチエイジング」ですから。(塩谷信幸 アンチエイジングネットワーク理事長)

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shioya_prof

塩谷信幸(しおや・のぶゆき)

1931年生まれ。東京大学医学部卒業。56年、フルブライト留学生として渡米、オールバニ大学で外科および形成外科の専門医資格を取得。64年に帰国後、東京大学形成外科、横浜市立大学形成外科講師を経て、73年より北里大学形成外科教授。96年より同大学名誉教授。日本形成外科学会名誉会員、日本美容外科学会名誉会員。NPOアンチエイジングネットワーク理事長、日本抗加齢医学会顧問、アンチエイジング医師団代表としてアンチエイジングの啓蒙活動を行っている。

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2件 のコメント

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新聞休刊日

ちゃちゃ

今朝も新聞受けに行く 無い!新聞がない あゝそうか 今日は休刊日だ でも この寂しさは何だ 老いたる者の唯一の楽しみ 新聞 新聞がない 手足を捥...

今朝も新聞受けに行く
無い!新聞がない
あゝそうか 今日は休刊日だ

でも この寂しさは何だ
老いたる者の唯一の楽しみ
新聞 新聞がない

手足を捥がれたような虚しさ
私は新聞がないと
今日が始まらない

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言われるまで気付きませんでしたが、我々は画像や文字という情報だけでなく、1冊の本という情報も併せて持っています。 自分も教科書や学会の参考資料は...

言われるまで気付きませんでしたが、我々は画像や文字という情報だけでなく、1冊の本という情報も併せて持っています。
自分も教科書や学会の参考資料は紙媒体の方が頭に入ります。
最近はお金との兼ね合いで、削らざるを得ない場合もありますが。

タブレット学習も推進されていますが、紙媒体が無くなるというのは色んな観点で危険な気もします。

実際、停電時などを考慮して、充電なんかの設備の準備と共に、大量の電気に頼らない医療の重要性も勘案されていますが、それは、社会のいたるところで言える部分かもしれないですね。

入荷待ちとか、入荷店舗探しとか、順番待ちとか、回し読みとか、不便と共にあった記憶。
そういうエピソード記憶、手触りの記憶と共に、学びや楽しみの記憶が染みつくんですよね。

おそらく、そういう失われた喜びとは別の喜びも育つことでしょう。
SNSやネット社会によって素晴らしい古典作品に出合うとか。

エイジングでも、アンチエイジングでもなく、広い意味で楽しいと感じることが漫画も含む読書の意味ではないかと思います。

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