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心療内科医・梅谷薫の「病んでるオトナの読む薬」

医療・健康・介護のコラム

叱った女性部下が辞め、不眠に陥った32歳男性 自殺した妹の面影が…

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自分に代わり、両親の期待に応えた妹

 Q雄さんの父親はT大を卒業し、某私大の薬学部教授をしている。彼はお父さんのようになりたくて、勉強に励んでいた。しかし、私立高校に進んだ頃から成績が悪化した。結局、T大の薬学部はあきらめて、私立の工学部に進んだ。両親は期待していただけに、随分がっかりしていた。

 代わりにがんばったのが、妹だった。兄思いの妹は、「お兄ちゃんの分も」と猛勉強。見事にT大の薬学部に合格し、両親を喜ばせた。

 妹は大学卒業後、大手の製薬会社に就職した。しかし、イヤな上司に関係を迫られ、すげなく断ると、それを逆恨みされた。変なウワサを流されたり、プロジェクトからわざと外されたり……。典型的なパワハラだった。

 真面目な妹はずいぶん悩んだ。眠れないと嘆いていた。両親に期待されているから、会社も辞められない。信頼できる人もいない。ひどく落ち込んでいた妹は、ある夜、マンションの屋上から飛び降りた。

 「お兄ちゃん、これまでありがとう」の電話に驚いて、Q雄さんはかけつけたが、間に合わなかった。 (ひつぎ) に入れられた妹の顔は、穏やかで美しかった。

期待した部下 妹にどこか似ていた

 「正直、妹をねたんだこともありました。私がほしかった両親の称賛を一身に集めて、エリート街道。でも、妹はずっと私にやさしかった。『お兄ちゃんの代わりになれれば』とずっとがんばってきた。そんな妹がなぜ死ななければならなかったのか、思い出すと、今でも悲しみと怒りで胸が苦しくなるんです」

 実は、彼が叱った部下の女性は、どこか妹に似ていた。ひたむきで、まっすぐで、仕事熱心。上司として期待していた。でも、そんな彼女は、ミスの責任で落ち込み、会社を辞めてしまった。

 「結局、私は彼女を救えなかった。妹も救えなかった。妹のことを忘れようと、ひたすら仕事に打ち込んだのに、時間ができたら、そんなことばかり考えてしまうんです」

 Q雄さんには、しばらくの休養とカウンセリングを受けることを勧めた。仕事から離れて、少しゆっくりする時間が必要だと思ったのである。彼は、カウンセラーと相談し、 瞑想(めいそう) などを通じて自らを見つめ直す「マインドフルネス」の講座に通った。ヨガや禅の呼吸法や瞑想法も学び、実践するようになった。

「お兄ちゃん、大丈夫だよ」と言われた気が…

 3か月後、彼は外来でこのような話をしてくれた。

 「最初は体が硬くて、本当に大変でした。でも、ゆっくり時間をかけて、呼吸を整えて体を動かす、そのコツがわかってくると、力がスッと抜けて楽になりました。毎日、朝と寝る前に、軽い体操のような気分で1時間くらい簡単な動きを実践して、瞑想にふける。これが効果的でした」

 「それにもう一つ」と付け加えた。

 「以前、先生から教わった『リラックス法』をアレンジして、自分用の『手当て』を行うようにしたんです」

 「手当て?」

 「そうです。ベッドに横になったら、右手をおなかに、左手を胸に当てます。そのままゆっくり呼吸して、両手の『温かさ』を感じる。手からおなか、胸、全身へ温かさが伝わっていくのを感じるんです。昔から言う『手当て』って、きっとそういうことですよね。最近ふと、妹がそっと手を当ててくれているような気がします。『お兄ちゃん、大丈夫だよ』って、私のそばに立って、言ってくれているような気がするんです」

 それはよかった。「不眠症」も、もうすぐ卒業かもしれないね。そう思うことができて、私も少し安心したのだった。(梅谷薫 心療内科医)

 *本文中の事例は、プライバシーに配慮して改変しています。

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梅谷 薫(うめたに・かおる)

 内科・心療内科医
 1954年生まれ。東京大学医学部卒。90年から同大学で精神科・心療内科研修。都内の病院の診療部長、院長などを経て、現在は都内のクリニックに勤務。「やまいになる言葉~『原因不明病時代』を生き抜く」(講談社)、「小説で読む生老病死」(医学書院)など著書多数。テレビ出演も多い。

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