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産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」

医療・健康・介護のコラム

引きこもった銀行員、原因は父との葛藤!

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 坂田郁夫さん(仮称)は25歳の男性。大卒後、大手銀行支店で法人営業をしていました。成績が上がらず、仕事のミスも重なり、長時間労働もあって出勤できず、自宅に引きこもってしまいました。母親に説得され、2か月後に受診しました。不安や焦燥症状に抗不安剤、眠れるように睡眠導入剤を投与。症状が軽快した時点からカウンセリングの開始です。2回に1回は母親が同伴しています。

ワンマン創業者の父の意向で銀行へ

引きこもった銀行員、原因は父との葛藤!

 母親は言います。「夫は高卒ですが、一代で売り上げ500億円、社員500人の企業を創業した、やり手です。モーレツでワンマン。休んでいる息子を『たるんでいる、根性がない』と 叱責(しっせき) します。私が『病気』と言ってもわかってくれません。夫と息子は正反対の性格です‥…」。

 長男は「先生、小学校教師になりたかったんです。父が猛烈に反対して、『おれの会社に入ればよい』と押し付けられて」と言います。母も「この子は、優しい子だから先生に向いています」と応援してくれましたが、父の意向もあって銀行に就職しました。「銀行は競争がキツイ。ひるむ」と吐露しました。

 それから2か月が過ぎたころ、カウンセリングに父親も訪れ、そして言いました。「先生、もっと早く治してください。お金はいくらでも出すよ」

 ここまで事情を聞いて、長男の症状を改善するには、父親がキーパーソン(治療上のポイントになる人)と判断して、父親と面談の日時を決めました。

「息子は、病気ではなく根性なし」…父親の面談1回目

夏目: まず息子さんの状態について説明させていただきます。

父親: 病気ではない。「根性なし」、「弱い (やつ) 」です。お恥ずかしい。

夏目: それは「精神論」ですね。精神論では何も変わりません。追い込むこともあります。息子さんの理解のための面談です。

父親: 病気ですかね?

夏目: 病気と、心の深層部分の問題の2点です。

父親: 心に深層があるのですか? 見えるのですか?

夏目: 精神分析学と呼ばれていますが、診療実績と歴史に裏付けられた「学説」です。 もちろん、見えませんよ。

父親: 見えないんだろう。専門家はわからない用語で素人をけむに巻くからなぁ。

夏目: 息子さんの理解に役立ちます。

父親: 息子のことは、「親の俺」が一番わかっている。

夏目: 違います。家族は親密で閉鎖的ですから、客観的に見るのが難しい。

父親: 社員を500名使っている。人を見る目は確かですよ、先生よりは。

夏目: まぁ、私の話も聞いてくださいね。

<紙に書きながらゆっくりと説明する>

夏目: 専門的な内容になりますが、息子さんは「選択的退却症」と言います。評価を問われる場所から退却する、病気と言うのか、まあ、状態ですね。

父親: 根性なしや。私も事業でつらい場面や屈辱はたくさんあった。逃げているんだ!

夏目: 仕事からの退却は一時的避難です。傷を癒やし、エネルギーをためて職場に復帰するための時間、空間です。ここをわかってくださいね。

父親: 理屈はわかるが、理屈は理屈や。

夏目: 今日はここまでにして、次回にしましょう。

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natsume-prof

夏目誠(なつめ・まこと)

 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会元理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。新著は企業の人事や産業医向けの「職場不適応のサイン」ウェブ書籍「メンタル・キーワード療法~5分でできる簡易セラピー」。
夏目誠の公式ホームページ」「精神科医マコマコちゃんねる - YouTube

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1件 のコメント

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時代と個性の違いを理解できる人とできない人

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

よくある話ですが、修正可能な年代での話であればよかったですね。 今生きている人の多くは昭和、平成、令和と生きてきているわけですが、いまだに昭和の...

よくある話ですが、修正可能な年代での話であればよかったですね。
今生きている人の多くは昭和、平成、令和と生きてきているわけですが、いまだに昭和の成長神話は根強いです。
同じ勝負をすれば、数も根性も違う途上国との競争で勝てるわけがないのに、日本国内の市場が大きいことが目を曇らせてしまいます。

家庭だけでなく、職場でもよくある話で、一定年限は我慢しながら現場で実務や人間関係の不条理を学ぶとともに、無理をしないで、次の道もあることを知るのが若者が潰れないために重要な事です。
幸い、いつの時代でも優秀な人材や特殊な人材は必要で、時代背景を鑑みてか、30歳までの第二新卒は一般的になってきています。
一人でも多くの若者が壊れないようにと思います。

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