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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

意識回復は難しい患者 「いつになったら目を覚ますの?」と妻に聞かれ…看護師が直面する試練と葛藤

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 はじめまして、鶴若麻理です。聖路加国際大学で生命倫理を教えています。みなさんは、病院などで出会う看護師をどのように見ていますか。やさしい笑顔で対応してくれた、親身になって話を聞いてくれた……など、様々な印象があることでしょう。その一方で、看護師たちは、日々、人の命にかかわる現場に立っています。彼らは、どのような思いを抱え、患者と家族のケアをしているのでしょうか。

現場で抱く不全感や割り切れなさ

 オートバイの事故のため心肺停止で搬送されてきた50代の男性。蘇生はしましたが、医師は、「意識が回復する可能性は低い」と見ています。集中治療室(ICU)の看護師は、患者の妻から「いつになったら夫は目を覚ますのでしょうか」と尋ねられました。

 この看護師は、答えられませんでした。そして、妻の 眼差し(まなざし) に耐えきれず、思わず患者の方に目をそらし、小さくうなずくのがやっとでした。

 本当にそれでよかったのか――。医療の現場で看護師が抱く不全感や割り切れない思いに向き合うため、私と同僚の麻原きよみさん(公衆衛生看護学分野)は、ナラティヴライティング(narrative writing)を看護学教育の中に取り入れてきました。これは、「現場で違和感を覚えた場面での自分の感情を、自分を主語にして書いてみる」というものです。『Telling Moments:Everyday Ethics in Health Care』(Marilys Guillemin他,2006)という本をヒントにして私たちがアレンジした手法ですが、職業柄、客観的に患者の状態をアセスメントし、記録することが求められる看護師にとっては、日々の実践とは異なる試みでしょう。ICUで患者の妻に問い詰められた看護師の経験も、そこで書かれた一例です。

看護師が「自分の言葉」で語るナラティヴライティング

 みなさんも、普段の生活で、「あれ?」という違和感を覚えることはあるでしょう。なぜ違和感を覚えるのかというと、「自分がこうあるべき」と思うことと、現実が違っていたからです。看護師も臨床現場で、「家族の意向で治療の選択がすすめられてしまい、本当に患者にとってよかったの?」「患者の体を縛る(抑制する)のはよくないけど、夜勤で人がいなくてどうしようもなかった」といったことに、割り切れない思いを経験することがあります。しかし、忙しく、時間内で効率的に業務を行うことに力点が置かれる日々の中では、自分の胸に封じ込めたままになっていることが多いように感じます。患者とともに、患者にとってよりよい看護のあり方を考えていくためには、看護師が思いを自分の言葉で語り、それを共有する場や時間が必要です。

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tsuruwaka-mari

鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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2件 のコメント

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白いしか

どんなにつらくても、真実を伝えることです。そこからしか新たな時間は動き出しません。

どんなにつらくても、真実を伝えることです。そこからしか新たな時間は動き出しません。

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複数の価値観と正義の中で割れる心

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

「いつになったら目を覚ますの?」 この言葉から、複数の意味や感情を解釈することができます。 やり場のない怒りを伴った、不安と混乱。 身体は一つ、...

「いつになったら目を覚ますの?」
この言葉から、複数の意味や感情を解釈することができます。
やり場のない怒りを伴った、不安と混乱。

身体は一つ、脳も一つですが、その時に発言者も、医療者側も入り乱れる複数の感情や思考を整理することは難しいです。(慣れてくることは、非人間的です。)

饒舌な説明を求められることもあれば、沈黙や受動的対応が求められることもあるでしょう。
患者と医療者および医療チームの相性もあり、難しいです。
なぜなら、必ずしも、良い結果が出ない中で、落としどころを探る作業でもあるからです。

そして、ベストを尽くすという言葉も難しいことがあって、人間は仕事量も成長量も限界があります。
勤務シフトを守らずに無理を続ければ簡単に燃え尽きてしまうでしょう。
(あるいは、過剰適応して人格が壊れるという亜型もあります。)

当り前ですが、人間が、人間であることを半分辞めて、医療人を演じていることに確信犯であるべきだと思います。
そして、業務として患者や家族に接する一方で、私人としての人格も無視できない部分があります。
そういうダブルスタンダード、トリプルスタンダードな感覚には慣れも適性も必要です。
今後、そういう部分も見据えたキャリアパスも大事だと思います。

人格や関係性の切り分けは難しいですが、「それでも医者か?」「それでも看護師か?」とかよくある暴言に対しても、最終的には医療人は神ではなく人間であると言うことを沈黙も含めて、どういう風に伝えるかが大事になると思います。
特に、同じ人の口から乖離した意見を聞くと混乱される方もいますので、そういう役割分担も大事です。

宿題と一緒で、溜めると混乱しっぱなしですし、ドライに割り切れる人ばかりでもないし、仕事場の中にもトラブルシューティングのシステムができるといいですね。
優秀でも、心の脆い人も沢山います。
逆に言えば、よく見えてしまうだけに、傷つきやすいのかもしれませんけどね。

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