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陽子のシネマ・クローゼット

コラム

軽やかなユーモアで描く、認知症の父をめぐる家族の7年間…『長いお別れ』

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©2019『長いお別れ』製作委員会 ©中島京子/文藝春秋

苦しい現実を通して描いた「人間のいとおしさ」

 原作は、『小さいおうち』で直木賞を受賞した中島京子の、認知症を患った父親を介護した経験から生まれた同名小説『長いお別れ』。監督は、『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞主要6部門を含む国内の映画賞、計34部門を受賞した中野量太。オリジナルの脚本にこだわってきた中野氏だったが、オファーを受け、苦しい現実の中に人間のいとおしさを描いた原作に共鳴し、小説の映画化に初チャレンジした。

4人の名優が「家族」に

 70歳の父、昇平が誕生日を迎える日、離れて暮らす2人の娘が帰省し、久しぶりに4人そろって囲んだ食卓には、明らかにいつもと様子が違う父の姿があった。母から、厳格な父が認知症になった事実を告げられ驚く娘たち――。

 人気女優の竹内結子が演じる長女の麻里は、夫の転勤で息子とカリフォルニアのモントレーで暮らす慣れない環境のなか、夫との気持ちのすれ違いや多感な年頃の息子との間で戸惑いの日々を送る。

 次女の芙美は、あれほど頭が良く、中学校の校長を務めた経験のある父親を襲った現実を、受け止めきれない気持ちでいる。カフェを開く夢もうまくいかず、恋愛にも恵まれないちょっと不憫ふびんな30代。どこか不器用で、そのやり場がない気持ちや切なさを、蒼井優が独特な透明感で見事に演じている。

 母親役には、かつて「日活三人娘」の一人として一世を風靡ふうびし、70代になった今もなお、少女らしさが残る松原智恵子。認知症の昇平役には、名俳優の山崎努。人間の表面からは知り得ない微妙な心の動きを巧みに演じる。この2人のベテラン俳優が心地よく訴えかけてくる演技には、どこか懐かしい上質感がある。

父の死後、残された人がどう生きるか

 作品では、この4人を中心に、麻里の夫や息子の崇、芙美の恋人らも入り交じりながら織りなす家族の姿を、父が亡くなるまでの7年間にわたって描く。実は、認知症の介護は題材にすぎず、真のテーマは、昇平の父、夫としての人物像と、彼を巡る3世代の家族が歩む7年間の道のりだったのではないか。3世代それぞれの人生に、誰にでも心当たりのあるような日常が詰まっている。見る人は、いずれかの世代に気持ちが入り、遠い記憶や、経験した感情がよみがえって共感を覚えるだろう。

仕事も恋もなかなかうまくいかない芙美は、苦しい思いを昇平に打ち明ける

仕事も恋もなかなかうまくいかない次女の芙美は、苦しい思いを昇平に打ち明ける

 物語は2007年の秋に始まり、ゆっくり巡る季節とともに、それぞれのエピソードが家族一人ひとりの胸に刻まれていく。認知症になった父、夫だからこそ言えた、あるいは聞くことができた言葉。それぞれの距離が、近くなったり、遠くなったり、日々何かを見つけながら、前に進んでいく家族。そして、一家の父が死を迎えた後に、残された人がどう生きるかを描こうとした中野監督が、日常に注ぐ細やかであたたかな視点には、受け手としてグッとくるものがある。

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小川陽子(おがわ・ようこ)
 東京生まれ。日本医学ジャーナリスト協会副会長。国際医療福祉大学大学院医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。医療ジャーナリスト、医療映画エッセイストとして活動。“シニアによるヒップホップダンスへの挑戦”というテーマで話題になったドキュメンタリー映画『はじまりはヒップホップ』(2016年日本公開)のメンバー(平均年齢83歳)を日本に招き、湖山医療福祉グループ・カメリア会の特別養護老人ホームで交流イベントを行うなど、映画のイベントプロデュースも手がける。高齢者住宅新聞で、「ヘルスケア×カルチャー 変貌する医療と福祉」連載中。 

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