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陽子のシネマ・クローゼット

医療・健康・介護のコラム

軽やかなユーモアで描く、認知症の父をめぐる家族の7年間…『長いお別れ』

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最後に孫が見せた存在感

仕事ばかりの夫とのすれ違いに悩む長女の麻里

長女の麻里は、仕事ばかりの夫とのすれ違いに悩む

 そのクライマックスとなるのが、遊園地のメリーゴーラウンドの場面だ。普段はうかがい知れない昇平の心の奥にふと触れたような感覚があり、実にあたたかでファンタジーな映像を思い出すと胸がジーンとする。

 7年間の末、最期を迎える段階には、医師から人工呼吸器をつけるかどうかの選択を迫られる。専業主婦として夫と娘たちを献身的に支えてきた、普段は物腰の柔らかな母が初めて見せる、覚悟。しかし、死の瞬間は描かれていない。描きたかったのは、残された家族に未来があること。

 わたくしは、原作の小説が日本医療小説大賞を受賞した2016年に読み、この物語の終わり方に何よりも感動した。それは、映画を見てのお楽しみにしておきたいところだが……。

 家族の中で一番若くて、一見すると関わりが最も遠くにありそうに思える昇平の孫の崇は、実は重要な登場人物だ。自分のことを覚えていないおじいちゃんとの再会に、はじめは戸惑い、面倒にも感じている。だが、教師だった昇平が、認知症になっても得意な漢字を書くのを見て、「クールだね!」と目を輝かせ、昇平を「漢字マスター」と呼ぶようになり、そこから昇平と崇の心が通い始める。やがて、大人になるに連れ反抗的になる崇だが、最後には大きな存在感を見せる。

監督の企てで出演者が家族らしく

 5月31日の公開を前に、完成披露試写会が東京・有楽町のよみうりホールで開かれ、出演者と監督が舞台あいさつを行った。今の社会において希薄になりがちな、人と人のつながりやコミュニティーの価値をエンターテインメントとして描いている中野監督は、冒頭で「クランクアップと同時に出演者がバラバラになってしまうのですが、必ず公開時にまたこうして再会できるのが何よりうれしいし、それが映画のいいところなんです」と、出演者と過ごした日々をいとおしく語った。

 作品の序盤から、中心となる4人がまるで本当の家族のように見えたのは、役者の演技力もさることながら、中野監督独自の企てによるものだったことを明かした。昇平70歳の誕生日会シーンで、これまでとは一転した深刻な日を迎える家族を表現するには、認知症になる前の楽しかった時を4人に知ってもらうことだと考えたという。そこで、クランクイン直前に、ハウススタジオを借りて料理やケーキを用意し、役者の親睦とリハーサルを兼ねて“昇平67歳の誕生日会”を開いたのだ。わいわい、ガヤガヤおしゃべりをしているうちに、4人が段々と近くなっていくのが見えたという。「泥臭いことなんだけど、僕はそれをいつもやります」と、人間同士のふれあいにこだわりを見せた。

 厚労省の推計によれば、団塊の世代が75歳以上になる2025年には、認知症患者数が700万人前後に達し、65歳以上の高齢者の約5人に1人が発症する見込みである。年を取れば誰もが認知症になる可能性があるにもかかわらず、人々の理解が十分とはいえない現実も、本作には描かれている。認知症になっても安心して暮らしていけるよう、社会保障制度の整備を急ぐとともに、認知症の人と融和し、支え合う意識がもっと広がってほしい。エンドロールを見ながら、そんな思いを強くした。(小川陽子 医療ジャーナリスト)

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小川陽子(おがわ・ようこ)
 東京生まれ。日本医学ジャーナリスト協会副会長。国際医療福祉大学大学院医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。医療ジャーナリスト、医療映画エッセイストとして活動。“シニアによるヒップホップダンスへの挑戦”というテーマで話題になったドキュメンタリー映画『はじまりはヒップホップ』(2016年日本公開)のメンバー(平均年齢83歳)を日本に招き、湖山医療福祉グループ・カメリア会の特別養護老人ホームで交流イベントを行うなど、映画のイベントプロデュースも手がける。高齢者住宅新聞で、「ヘルスケア×カルチャー 変貌する医療と福祉」連載中。 

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