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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

コラム

百日咳予防は定期接種4回では不十分 科学が反映されないニッポン

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子供の百日咳はワクチンで激減

 百日 (ぜき) というのは、その名の通り「百日」 (せき) が出続ける非常につらい病気である、ということから名付けられました。咳でしんどいのもそうですが、呼吸困難で死んでしまうこともあります。非常に恐ろしい病気で、かつては多くの方、特に子供がこの病気にかかって苦しんでいました。原因は百日咳菌(B.pertussis)という細菌です。

 「いました」と過去形で書くのは、現在では百日咳に苦しむ子供は激減したからです。予防接種のおかげです。

 「百日咳のワクチンなんて打ったことないよー」という方もおいでかもしれません。確かに、「百日咳」単体のワクチンはありません。これはですね、ジフテリア、それから破傷風という他の二つの病気のワクチンも一緒にまとめて、一つの注射にしているからなんですね。三つの微生物をまとめているので、「三種混合ワクチン」といいます。こっちは聞いたことあるでしょ。それぞれの病気の頭文字をとってDTPと書いたりします。「ディーティーピー」と呼びます。

 で、最近は「これにポリオのワクチンも混ぜちゃえ! 注射回数も減るし」ということで、ポリオ・ワクチンを加えた「四種混合ワクチン」を子供に接種しています。これを4回、2歳までに接種します。

 しかし、米国などのワクチン先進国ではこれに加えて5回目のワクチンを4~6歳で接種します。免疫能を維持するためです。

 日本小児科学会はワクチンに専門性が高い学会ですが、この5回目の接種について言及しています。ただし、定期接種扱いにはなりませんので、あくまで自己判断の「任意接種」の扱いになります。ニッポン、ワクチン後進国ー。

10代で下がるワクチン効果 米国では11歳までに6回接種

 さらに、です。百日咳ワクチンの効果はティーンになってくると下がってくることも分かっています。高校生とか大学生の年齢で、ずっと長く続く咳に苦しむ方がいます。教室内で集団発生することもあります。これは、子供の時のワクチンの効果が「やや」残っているんだけど、だいぶ弱くなって、軽症型の百日咳を発症してしまったためです。

 よって、米国などのワクチン先進国では、11歳になるとTdapというワクチンを接種します。「ティーダップ」と読みます。なんか、響きが良くて覚えやすいですね。

 なんで、DTPではなくTdapなのかというと、大きくなると百日咳の予防接種は反応が強すぎて打ちにくい、と考えられてきたためです。

 さて、大文字のワクチンは量が多くて、小文字のワクチンは量が少ない、ととりあえず覚えてください。つまり、DTPではジフテリア(D, diphtheria)、破傷風(T, tetanus)、百日咳(P, pertussis)のワクチン量が多く、Tdapでは破傷風だけ多くてジフテリアと百日咳が少ない。え? aはどこ行ったの? これ、説明するのはめんどくさいので、ここでは割愛(ごめん!)。ちなみにDTPも厳密にはDTaPといいます。

 こうして、量を調節した三種混合ワクチンを11歳の子に打つことで、免疫反応が強すぎて腕が腫れ上がったりしないように配慮しながら、百日咳を予防します。その後は、10年に1回、Tdと呼ばれるワクチンを打って破傷風などを予防します。

添付文書改定で10代や成人への接種も認める

 日本にはTdapがありませんし、青少年の百日咳を予防する戦略がありませんでした。「でした」と過去形で書くのは、最近、新たな戦略が見いだされたからです。というのも、大阪大学微生物病研究所(阪大微研)が開発したDTaPの臨床研究の結果、これを10代や成人に接種しても安全であることが分かったからです。2016年に当ワクチンの添付文書が改定され、これを11~13歳、あるいは成人などへの接種が認められるようになりました。

 というわけで、科学的に正しい百日咳予防は、生後3、4、5か月に各1回、1~2歳までに1回、4~6歳で1回、11歳で1回のDTaPを接種すればよい。こういうことになります。

 しかしながら、日本での定期接種は2歳までの4回の予防接種しか認めていません。あと、11歳でDTというワクチンも定期接種スケジュールに入っていますが、これはご覧のように、DとTだけなので百日咳は予防はできません。添付文書は改定されたのに、予防接種法上のスケジュールは改定されない。イエイ、縦割り行政ニッポン、ワクチン後進国ニッポン、チャチャチャ。予防接種と添付文書は担当部署が違うのよ~♪、とか歌ってる場合じゃないぞ!

 米国ではACIPという委員会が予防接種のスケジュールを決めており、科学的な正しさ、住民へ提供すべき予防接種、住民に提供「される」予防接種にハーモニー、一貫性があります。日本はバラッバラ。科学的な正しさと、学会が推奨している予防接種と、実際に定期接種で提供される予防接種が凸凹で一貫していません。ここが、後進国の後進国たる 所以(ゆえん) です。

任意接種追加で予防可能 お金がないと健康になれない?

 いずれにしても、日本では上述のようなワクチン接種を受ければ百日咳は予防できます。定期接種4回に任意接種を2回追加して、お金を払って予防できるのです。

 かつて日本は、国民皆保険制度が、すべての人への平等な医療を保証していました。現在は違います。予防接種制度が時代遅れなために、「持てる者」と「持たざる者」との健康格差ができているのです。例えば、最新の「子宮頸(けい)がんワクチン」は九つのヒトパピローマウイルスに効く9価のワクチンですが、これは日本にはありません。高額な輸入ワクチンを富裕層が使用できるのみです。

 貧しい人は、金持ちレベルで健康になる資格がない。これが現代日本の厳しい現実なのです。

 本稿は、西岡記念セントラルクリニックの西岡洋右先生の「第10回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会(京都、2019年)」での教育講演にインスパイアされたものです。(岩田健太郎 感染症内科医)

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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1件 のコメント

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格差社会におけるネットリテラシーと医療

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

仰られるように、経済格差がすすめば、医療格差が進むのは仕方ないと思いますが、一定の幅やセーフティネットがないと危険ではないかとも思います。 それ...

仰られるように、経済格差がすすめば、医療格差が進むのは仕方ないと思いますが、一定の幅やセーフティネットがないと危険ではないかとも思います。
それは何も貧困層だけではなくて富裕層にとっても一緒です。

理由は保険診療も自由診療も、運用している医師やコメディカルスタッフの母地は一緒だからです。
適度なOJTと学習と休養時間が良い医療体制を維持します。

そして、エビデンスは少なからず、全ての経済階層である程度共通の運用がなされます。
ある意味で、日本の保険診療はそういう面を下支えしてきました。

残酷なる現実は、機会平等と結果平等のバランスでもありますが、幸いこういう無料で書かれる良い記事もありますので、ネットリテラシーを磨いていくことで、まだましな医療に触れることができるのかもしれないですね。
コンビニと同じく、どこでも、比較的均一の価格とサービスの日本の医療ですが、サービスも技術も勿論属人性があります。

風邪や発熱の診療でも千差万別ですしね。

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