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産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」

コラム

「なぜ上司と次々うまくいかないのか」、カウンセリングでみえた「置き換え」という理由

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人間関係がうまくいかない原因を考える

 前回のコラムでは、多くの人が直面する人間関係に伴う「対人ストレス」に対処する方法として、「ヤマアラシのジレンマ」というキーワードを使い、相手との適度な距離感を探る方法を紹介しました。今回は、人間関係がうまくいかない原因を突き止めることで、解決に近づくという事例です。

 メーカーに勤める上田春樹さん(総合職、31歳、仮称)は定期的に行われる「ストレスチェック」で、「高ストレス」と判定されました。春樹さんは「医師の面接指導」を希望し、私のところにきました。

上司変われど、うまくいかず

 彼が一番気になっていたことは、上司とうまくいかないことです。現在まで3人の上司のもとで仕事をしました。このうち1人は部下に関心がない人で特に問題は起きませんでしたが、残る2人の課長とうまくいっていません。

  「なぜ、私は、上司とうまくいかないのでしょうか」。春樹さんはそんな悩みを打ち明けました。上司とうまくいかないこともそうですが、複数の上司とうまくいかず、その原因がわからないということも大きなストレスになっています。

 春樹さんは配属された総務課で、直属の上司と会った瞬間、「この人とは合わない」と直感したそうです。実際、仕事をしてみると、この「細かい点まで、いちいちチェックする」「僕を評価してくれない」と上司への不満が募りました。

 春樹さんの上司への反発は、 今回が初めてではありません。 前の職場でも課長との間に 軋轢(あつれき) が生じていました。

  春樹さんとの2回にわたる面談をドキュメント形式で紹介します。

相談は沈黙と間合いを入れながら

夏目     なぜ上司とうまくいかないのかなあ。

春樹さん   もともと年長者は苦手ですが、それだけではないようです。自分でもピンとこないのですが。

夏目     あなたの上司はどのようなタイプですか?

春樹さん   さえない、きっちりした人かな。細かいことばかり言う人です。

夏目     細かい、きっちり、きっちりかなあ。

春樹さん   何回も呼び出し、細かい点を「こうしなさい」と指摘します。直すとまた、別の指摘が入ります。堅い人で話しにくい。暗いオーラが出ているような。

夏目  :ガラッと質問は変わりますが、お父さんとはどうでしたか。仲が良いとか、反発したとか?

春樹さん:オヤジですか、苦手ですね。嫌いだ!

夏目  :どうしてかなあ。

春樹さん:細かいことばかり言う。成績の良い兄は評価しているけど、私のことは無視している。

夏目  :無視されたのですか。原因は成績だけでしょうか?

春樹さん:それ以外にもあるんでしょうが嫌いです。細かいことばかり言う。ネチネチした言い方で (かん) に障る。

「なぜ、上司とうまくいかないか」~~カウンセリングでみえた親との「置き換え」という意外な理由

夏目  :それで?

春樹さん:僕を認めてくれない。兄ばかりを評価し、大事にする。

(5分くらい間合いを入れる)

夏目    春樹さんのお話を聞いていますと、お父さんへの態度と、上司への対応が似ていますね。

春樹さん:(10分くらい考え込む)先生、そうか、わかったよ。

夏目  :わかったんだ。

春樹さん:オヤジと上司がダブったんだ。上司がオヤジに見えたんだろう。

夏目  :よく気づいてくれました。嬉しいです。無意識での出来事なのでわかりにくいですが、君が気づいたように、上司と嫌いな父が無意識の世界で入れ替わっています。「置き換え」が起きていたのです。

 当たり前ですが、上司と父親は別人です。混同せずに、まず上司を観察してください。 違う面が見えてきますよ。

春樹さん   そうか、「置き換え」か。 そういうことは昔からあったかもしれない。今日から感情を交えず、上司の行動を見ます。先入観なしで上司を客観的に見ていきたいですね。

「置き換え」が起こりやすいタイプ

 いろんなケースがありますが、上司とうまくいかず、父親ともうまくいっていないという従業員との相談では、「置き換え」をまず疑います。春樹さんの場合、相談中に自らが「置き換え」に気づきました。4割くらいは該当しませんが、対人関係を理解する上で「置き換え」はヒントになります。

 父親や母親とうまくいっていない、あるいは大嫌いだという人は一定数いると思いますが、ほとんどの人は上司と父親や母親を混同するほどではないと思います。「置き換え」が生じやすいタイプの人は、乳児期に何らかの理由で母親と基本的な信頼感をつくれなかった人が多いと感じます。人は最初の人間関係を母親と、次いで父親とはぐくみますが、最初の対人関係がその後の人生にも大きな影響を及ぼします。

仕事を続けながら上司への見方を変える、「我慢というあきらめ」も必要

 3か月後、春樹さんは電話で「先生の言うとおり、意識的に『置き換え』ないようにしたら、それなりに仕事ができるようになりました。ぼちぼちですが……」と話しました。

 春樹さんは上司とうまくいかない原因に気づき、上司に対する見方を変えようと努力しています。これはうまくいったケースですが、なかなか効果が出ない場合もあります。頭で理解してから、感情や気分が納得するまでには、時間もかかるからです。

 「上司を父に置き換えず、日々の仕事を淡々と実践していってください。仕事を通じ上司との触れ合いも増え、慣れも生じます。少しずつ感情が受け入れられるようになっていくでしょう。時間をかけてね」。継続的なカウンセリングで、そうアドバイスすると、多くは少しずつ適応していきます。ある人は「あきらめ半分・悟り半分の境地」と表現していました。

 春樹さんも、「対人ストレスで悩む人は多いですし、今の会社で働くメリットが大きいから、『我慢というあきらめ』も必要とわかります。原因がわかったのだから、それでよしとしないといけませんね」と話しています。ある程度は割り切らないと永遠に解決しないでしょう。

 人間関係がうまくいかない原因が、無意識の中に隠れている場合は精神分析の考えを使うことが効果的です。今回で言えば、「置き換え」です。図に書きながら説明すると、来談者もわかってくれます。私は、このような使い方を「精神分析の補助線活用」と言います。精神分析は治療法というよりも、なぜそうなったかを解明するのに役立ちます。

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夏目誠(なつめ・まこと)
 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会前理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。ブログ「ストレス点数の夏目」はこちら

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