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心療内科医・梅谷薫の「病んでるオトナの読む薬」

コラム

継父に襲われかけた日、母に「産むんじゃなかった」と言われ家を出た…38歳女性に届いた「母危篤」の知らせ

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末期がんの母 「何で今さら…」

 母親ががんの末期で危篤だという知らせが入った。継父とは離婚し、ずっと一人暮らし。お金もなかったという。医者にかかったときは、もう手遅れだった。

 「せめて一度だけでもお見舞いに行ってあげて」

 と、叔母からは何度も連絡が入った。でも、O代さんは、どうしても母を許せなかった。

 「私の人生をこんなにしたのは母親なんです。あの時だって、本当につらくて、母親から『つらかったね。よくがんばったね』と言ってほしかった。でも、返ってきたのは『産むんじゃなかった!』。何で今さら、そんな人に会わなきゃならないんでしょう……」

 私もそれを聞いて、返す言葉がなかった。

 「後で悔いのないよう、よく考えてみましょう」

 と、言うのが精いっぱいだった。

枕元のモニターがピーッと鳴って

 次の診察の時、O代さんから報告があった。

 「結局、叔母の説得に折れて、病院まで行きました。でも、怒りがこみ上げてきて、どうしても会えなかった。叔母さんがやってきて、『先ほどから、意識がないの』と言われ、ようやく病室に入ったんです。でも、死んだようになっている母を見たら、何も言えなかった」

 枕元のモニターが、ピーッと嫌な音で鳴った。「心停止です」と声がして、家族はいったん外に出された。彼女は待合室に戻って、しばらく 呆然(ぼうぜん) としていた。

 「イヤなことばかり思い出すんです。意味もなく母に叱られ続けたこと、私を責める言葉の数々……。でも、その中で、ふっと思い出したことがあるんです。小学校の頃、朝起きたら台所から物音が聞こえる。のぞいてみると、母親が鼻歌を歌いながら、私のお弁当を作っていた。何だかとても楽しそうで、声をかけそびれてしまった。もしかしたら、私のことを嫌うばかりじゃなかったのかなって」

 それを母親に尋ねることはもうできない。いや、母を責めることすら、もうできないのだ。いつの間にか、涙が浮かんでいた。

心臓がまた動き出したとき、ようやく母に

 「心臓がまた動き出したって!」と叔母が言ってきた。O代さんは、あわてて病室に戻った。「一時的だと思いますが……」と看護師が説明してくれた。叔母さんが電話をかけに病室を出たとき、O代さんは、ようやく母親に近づくことができた。母親の顔は、さっきより穏やかに見えた。

 彼女は顔を近づけて、何とか声をふりしぼった。「お母さん、聞こえる? O代だよ。わかる? ありがとう、…産んでくれて、育ててくれて、ありがとう…」。それ以上は声にならなかった。母親の心臓が止まったのは、その直後だった。

 「何でしょうね。心臓が一度動き出したとき、『もう一度会いたい』って母が言ったような気がしたんです。あんなにも憎んでいた母親なのに、何も言えないまま別れるのは嫌だと思いました」

 「そうですか。お母さんを許すのは、きっと難しいでしょうね。でも、ずっとお母さんを憎み続けることも、また苦しかった。お母さんと一度は、きちんと向き合ってみたかったんじゃないでしょうか?」

 「あんな母親でも、がんばって私を育ててくれた。私みたいな気難しい娘を育てるのがどんなに大変なことか、私も娘を育てて、つくづくわかるようになりました。だから、最期に『ありがとう』って言えた。母に聞こえたかどうかはわからないけど、確かに伝えられたと思いました。それが、これからも私を支えてくれるのかもしれません。母に似て不器用な私だけど、娘に少しはやさしい言葉をかけてやれるような気がしました」

 O代さんは、穏やかな表情でそう話してくれた。(梅谷薫 心療内科医)

 *本文中の事例は、プライバシーに配慮して改変しています。

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梅谷 薫(うめたに・かおる)
 内科・心療内科医
 1954年生まれ。東京大学医学部卒。90年から同大学で精神科・心療内科研修。都内の病院の診療部長、院長などを経て、現在は都内のクリニックに勤務。「やまいになる言葉~『原因不明病時代』を生き抜く」(講談社)、「小説で読む生老病死」(医学書院)など著書多数。テレビ出演も多い。

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10件 のコメント

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