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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

心房細動にベンゾジアゼピン系薬剤を使用して複視が……

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心房細動にベンゾジアゼピン系薬剤を使用して複視が……

 遠くの物が二重に見える「複視」の症状を訴えて来院した50歳代の男性のお話です。

 この男性は、目の表面の角膜から奥の網膜まで、眼球の奥行きを示す「 眼軸(がんじく) 」が長くなる、強度の近視。MRI(磁気共鳴画像装置)検査の画像で、目を動かす 外眼筋(がいがんきん) の六つの筋肉のうち、眼球を外側に向ける外直筋、上に向ける上直筋が偏っているなどの異常が見られ、 眼窩(がんか) 窮屈病( 2015年7月9日のコラム「眼窩窮屈病…珍しくないのに眼科医が知らない理由」 で取り上げた病気です)と診断されました。プリズムという光を曲げる特殊なレンズを使った眼鏡が処方され、6年ほど経過しています。

 元々、近くを見るには不都合はなく、仕事上の支障はありませんでした。が、仕事を終わって帰宅する時など、眼鏡をかけていても複視の症状が出ることが多くなったと言います。

 「また、だんだん目が大きくなって(つまり眼軸が長くなって)、窮屈になっているのでしょうか」と男性は尋ねます。

 「眼軸が比較的、短期間に伸びて近視化するのは30歳代ごろまでで、その後は伸びるとしても10年で0.5ミリとか、小さな数字だと思います。近い距離で字や画面を見る作業を続け、疲労した後だと、遠方のものが一つになりにくくなるのでしょう」

 「じゃあ、老化っていうことですか」

 「まあ、ものを一つにして見るという作業は、脳が行っているわけですが、眼球が大きいために入れ物(眼窩)が窮屈になっているうえに、疲労や老化で脳の性能が落ちてくると、複視になる機会は増えるかもしれませんね」

 私はそう言いながら、男性の眼軸や、目の位置の数値を見ましたが、ここ2、3年で目立った変化はありません。

 「残業などが増えているとか、脳に影響する薬は使っていませんよね」

 念のため聞きました。

 「実は2年前から心房細動のため、エチゾラム(商品名デパスなど)が処方されていますが、関係ありますか」

 「なるほど、関係あるかもしれません。両目で見た映像を一つのものとしてまとめる機能は脳にあるわけで、エチゾラムのような抗不安薬はその機能を低下させる可能性はあります」

 「確かに、その薬を使い始めてから、複視が出やすくなった気もします」

 ここには、私が医師としてどうしたらよいかという、とても大きな問題が含まれています。

 ベンゾジアゼピン系の抗不安薬の多くで、「複視」の副作用があることが薬剤の添付文書に記載されています。薬の働き方からいって、ありうる副作用ですが、軽い副作用として扱われ、眼科医を含めて医師たちはほとんど無視しているのではないかと思われます。

 しかし、複視が出現している当事者にとっては、日々の生活の不都合さは無視できない重大事で、時々出る不整脈とどちらが重大かという難問が横たわります。

 眼科医の立場で言えば、ベンゾジアゼピン系の抗不安薬の心房細動への適用は、薬物の添付文書にはありません。不整脈が心理的要素で出現していると考えて、医師の裁量で処方しているものと思われます。しかも、この系の薬物の依存性や副作用について今ほど批判が出ていない、この薬物を気軽に用いてよいという空気があった時代に定着してしまった臨床的常識なのでしょう。

 でも、循環器の門外漢である眼科医がとやかく言うのは、はばかられます。

 聞くと、実際には週に3~5回服用しているだけだとのことでした。そこで、使用頻度をこれ以上にせず、できれば頻度を下げること、それで心房細動が悪化するなら他の治療法を主治医と相談していただくということで、話は終わったのでした。

 (若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社)、医療小説「茅花流しの診療所」(青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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