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訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~ 佐々木淳

医療・健康・介護のコラム

94歳の映画人、2度の脳出血、要介護で仕事を続ける

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脳出血後、リハビリに積極的でなかった理由は?

 中澤さんは現在94歳。若いころは映画監督、そして脚本家として活躍していました。第一線を退いた後も、映画の評論などの仕事を続けておられましたが、3年前に脳出血を発症。1か月間、救急病院に入院し、その後、リハビリ病院に転院して半年間の入院リハビリテーションを行いました。しかし左の手足に麻痺まひが残り、食事を自分で食べられず、鼻に栄養チューブが入った状態での退院となりました。
 病院のスタッフは、もっとリハビリを頑張れば、もっと元気になれる。食事も自分でれるようになるはずだ。そう考えて、かなり力を入れて支援をしてくれましたが、中澤さんは、あまりリハビリに積極的ではありませんでした。
 彼は、自分の年齢のことも考え、残りの人生を大切に使いたいと思っていました。自分のライフワークである映画の仕事を続けるためにも、リハビリによって体力や時間を使い果たしたくない、そういう気持ちがありました。彼の仕事は頭脳労働です。別に左側に麻痺が残ろうが、経管栄養(チューブでの栄養)になろうが、それは彼にとってあまり関係はなかったのです。そして退院後、彼は介護サービスを受けながら、自宅で仕事を続けていました。

リハビリに使う時間を惜しみ仕事に充てる

 昨年、彼は再び脳出血を起こしました。今度は右側の手足が動かなくなってしまいました。言葉を発することもさらに難しくなりました。
 救急病院の主治医は、病状が安定したら、前回と同じようにリハビリ病院に転院をして、半年間のリハビリテーションを提案しました。しかし彼は、リハビリ病院には行かず、そのまま退院することを希望しました。残された時間は少なくなっていきます。病院ではなく住み慣れた自宅で、家族とともにより長くより自分らしい時間を過ごしたいと強く希望したのです。血圧が安定し、脳のCT(コンピューター断層撮影)検査で出血が止まっていることを確認し、自宅に帰ってきたのは3週間後でした。
 今回の脳出血で右側も麻痺となり、彼の日常生活はさらに不便なものになりました。しかし、入院中に頭の中に書きめていたたくさんの物語を、奥様の力も借りて、少しずつ文章にする作業に取り組んでいます。そして今年の夏、彼の映画のデジタルリマスター版がリリースされます。彼はその時、再びステージに立つことになっています。映画に生きた、誇り高き映画人として、多くのファンを再び魅了することになると思います。
 人間は生き物である以上、身体的機能の低下を避けることはできません。しかし、年齢に関係なく、社会的・精神的に成長を続けることができるのです。人生を最期まで穏やかに納得して生き切るために大切なこと。それは、時間や体力などの限りある人生の資源に、きちんと優先順位をつけて使うということなのかもしれません。(佐々木淳 訪問診療医)

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佐々木淳(ささき・じゅん)

 医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1998年筑波大学医学専門学群卒業。社会福祉法人三井記念病院内科/消化器内科等を経て、2006年に最初の在宅療養支援診療所を開設。2008年 医療法人社団悠翔会に法人化、理事長就任。2021年 内閣府・規制改革推進会議・専門委員。首都圏ならびに沖縄県(南風原町)に全18クリニックを展開。約6,600名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。

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