認知症の新薬はなぜできないか…岩坪威・東大教授
インタビューズ
壁は厚いが退却はできない認知症の新薬開発…岩坪威・東大教授に聞く(下)
どう集める? 発症前の被験者
――認知症の根本治療薬の開発では、たくさんのボランティアに被験者として協力してもらう必要があります。ところが、臨床試験に適した患者を集めるのはとても大変で、計画の進行を滞らせる要因(ボトルネック)になっていると聞きます。
日本の約2.5倍の人口を抱え、臨床試験を大がかりに展開している米国でも、ボランティアがなかなか増えず苦労しているそうです。これは世界的な課題で、もちろん日本も例外ではありません。
――発症前の人を対象とする臨床試験が増えたら、ボランティアの募集がますます難しくなるのではないでしょうか。
そこで、たくさんの無症状の人にあらかじめ登録してもらい、認知機能や脳内の状態などを継続的に調べて研究に生かしつつ、条件が合う人を絞り込んで臨床試験に参加できるようにする「トライアル・レディー・コホート」(TRC)という仕組みをつくる計画が進められています。
TRCは、アメリカでは昨年から始まっており、今年中にフランスでスタートする見通しです。日本でも、今秋にはボランティアの募集を始める予定です。
年間100兆円の費用 削減に期待
――認知症の治療薬開発は失敗続きで、コストが膨らむ一方です。いつか根本治療薬ができたとしても、開発コストは、薬価に上乗せされて患者や社会にはね返ってきます。
薬価が一体いくらになるか想像もつきませんが、効く薬ができて、「この時期までにAβを取り除けば効果がある」といったことが明らかになれば、より安く製造できる別の薬を作ることができるかもしれません。大量生産すれば、製造コストも抑えられるでしょう。
――それでもなお、膨大な費用がかかります。その負担に見合うメリットはあるのでしょうか。
脳の神経細胞の死滅を抑える根本治療薬ができたとしても、それだけで認知症を完全に防いだり治したりするのではなく、発症や進行を遅らせるようなものになるとみられます。
「なんだ、治るんじゃないのか」と思われるかもしれませんが、認知症の発症を5年遅らせることができれば、発症前に寿命を迎える人も増えて、患者数が最終的には4割程度減るという推計もあります。世界中の認知症の人の医療や介護などにかかる費用は年間約100兆円ともいわれており、そのコストを大幅に減らす一歩になると考えれば、社会にとっても、決して高い投資ではないといえるのではないでしょうか。
多大な影響…前進あるのみ
――とはいえ、実用化のめどが立たないまま費用ばかりがかさんでいく状況は、製薬各社にとっては重荷です。今後、開発から撤退する動きも出てくるのではありませんか。
がんは、日本人の2人に1人がなる病気で命にも関わりますが、新しい治療法が次々と登場して大きな治療効果が得られる場合も増えてきました。認知症ほど患者が多く、社会に多大な影響を及ぼすにもかかわらず、根本的な治療法がない病気は他にありません。一部の企業が開発から手を引いたとしても、「挑戦をやめる」という選択が業界全体に広がることは考えにくいです。
ここで諦めてしまえば、アルツハイマー病に関わる研究全体の停滞にもつながります。同じ失敗を重ねるわけにはいきませんが、退却も許されません。前に進み続けるしかないのです。
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神経学会でアルツハイマー病の診断治療や新規治療薬の動向を学び直しました。
誤解を恐れずに言えば、類縁疾患も含めて、診断基準や疾患概念の練り直しをしないと新薬は難しいように思えました。
血管とアミロイド、タウタンパク以外の要因がおそらく複雑に絡み合っています。
そして、健常人や認知症の概念も人によりや地域により異なりますよね。
ある一定の情報刺激や物理的刺激を与えられた時に、感じる事、考える事、動くこと、がそれぞれ違うという機能の差異がありますし、そういう経験の差異は脳や脊髄だけでなく、様々なところに影響を与えます。
神経内科なんか特に顕著な疾患もあります。
特定部位の萎縮や肥大の疾患があります。
その中で、患者さんや家族の理解や動線も含めて、今後、各科医のクロストークが重要になると思います。
かかりつけ医や老年内科、神経内科、精神科に丸投げというのは無茶な話でしょう。
一見関係なさそうで、小児科や精神科、整形外科の発達の先生や循環器内科医、消化器内科医の意見も大事かもしれません。
人は生まれた瞬間から死に向かいます。
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癌もそうですが、局所と全身の炎症と回復のバランスこそが人間の生命活動=加齢です。
免疫も血流も、アクセルやブレーキを司る様々な機構があります。
脳細胞が異常発火すればてんかんで、正常発火できないような状態がアルツハイマーを含む脳の血流異常や代謝異常です。
その中に、認知機能障害を伴う様々な異常が紛れ込んでおり、その症状の多様性や評価の多様性が一般人だけでなく、医師や研究者の理解も困難になっています。
医療の客観的情報の取得や評価も、一定のルールや取扱者がいるだけで、他の主観的な存在により測られたものに過ぎません。
先週東京で行われた病理学会に参加してきましたが、病気や死へのプロセスの中で、社会的な問題、ワークフローの問題の改善がなされれば、より良い予後や健康寿命、本人や家族の精神的な受け入れなどが出来たかもしれないケースをいくつか見つけました。
アルツハイマー病だけでなく、レヴィ小体認知症や脳血管性認知症などがありますが、それらの境界領域や共通のプラットフォームなんかも議論の対象になります。
縦割り行政の弱みを疾患は突いてきます(という表現が人間社会主体の傲りですが)。
病理学会ではある精神疾患にピック病の病理的特徴を示したものの、発症は明らかでなかった演題などありました。
こういう従来の医学と整合性がつかなかい情報に出会った時に、退却は出来なくても、後退や迂回した方が良いことはあり得ます。
一方で、知見の共有も含めて、総合的な施策を創出していく必要があります。
焚書坑儒は知識をシェアする概念の無かった頃の言論統制の政治政策で、よりオープンに近づけていく必要があります。
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