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ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』

介護・シニア

糖尿病なのに「うるさい! 食べたいから食べるんだ」 父の部屋から見つかる大量のアメと格闘した日々

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庭でもうもうと煙が…

 ある日の午後、2階の自室で仕事をしていると、庭で父と女性の争う声がする。耳を傾けると「この市では何年も前から、庭で 焚火(たきび) をしてはいけないんですよ」という隣の人の声ではないか。反射的に窓を開けると、パチパチと音がし、枯れ葉を集めて燃やした煙がもうもうとたっている。青くなり外に出て、水をかけて火を消し、「すみません」と隣人に謝った。父には、「焚火は禁止でしょ? 火事になったらどうするの」と言って、家に入れた。

 確かに昔は焚火は自由だったが、すでに禁止されて久しく、父はそれを忘れていたのだ。

 「知らなかった。聞いたからもうやらない」

 と繰り返すが、信用できるわけがない。そのうえで、再びお隣に謝りに行き、父の状況を説明しながら頭を下げた。父のけがの後初めて、涙が出てきた。そもそも、父に言って聞かせて、わかるようになるのか? 父がけがをしてから2か月以上たち、私のメンタルもボロボロに疲れていた。

 とにかく、マッチ類を捨てていなかった私の責任でもある。焚火ですんでよかったと思うことにして、少しのマッチを私の部屋に残した以外は、家中のマッチ、ライター類を処分し、外に出る時に必ず目に触れる窓に、「焚火禁止」と貼り紙をした。

なぜかアメが増えていく…原因が判明

 ほかにも、どっきりするできごとが続いた。移植して落ち着きつつあった額の皮膚のばんそうこうがはずれた頃、ふと見ると、皮膚の一部がなくなっていた。治りかけでかゆかったのか、自分で触っているうちに、「ぱりっ」と取れてしまったらしい。「せっかく治療が終わると思ったのに……」とがっくりしたが、幸い、形成外科で「このぐらいなら、そのまま上皮化を待てばいい」と言われ、ほっとした。

 ある夕方、父を家に残して近所のコンビニに出かけ、いつもよりゆっくりと店内を見た後にレジに並ぶと、列の前のほうに見覚えのあるジャージーが。左手には、アメの袋をしこたま持っている。父であった。私が出かけた後、いつもこうやって素早くコンビニに来ていたのだ。介護スタッフが付き添う買い物同行では、アメは1袋だけ買うことにしているのに、なぜか部屋の袋が膨大に増えている秘密がわかった。アメの袋に手をかけ、「何やってるの」と言うと、驚いた顔をした。まさか私がいるとは思ってもみなかったのだろう。そして、会計をすませた父は突然、走り出した。転んだらどうなる……私は買おうとした商品をレジに置いたまま、必死に追いかけ、なんとか捕まえた。家に戻るまでには、信号が2か所あるのだ。

 げっそりしてケアマネジャーに相談。「とりあえず、買い物同行でのアメの購入を1日1袋と制限せず、好きに買ってもらおう。そうすれば、一人で買いに行く必要がなくなる」という結論に至った。アメはいくら食べてもいいことにし、その上で、糖尿病の状態をよく確認することに。

アメの制限やめたら落ち着いてきた父

 1週間後、血液検査をすると、普通の人より数値は高いものの、糖尿病としては軽い状態で収まっていた。あんなにアメを食べているのにどういうこと? 医師が「もう好きなだけ食べさせたらどうでしょう」と言うので、私は大手をふってアメの制限をやめた。

 そんな日々を経て、なぜか父は徐々に落ち着いてきた。そして、相変わらず、自室ではのべつまくなし、アメを口に運んでいる。もしかしたら、体が糖分を必要としているのだろうか? そんな時、ライターの先輩から貝原益軒の「養生訓」に「 津液(しんえき) は一身のうるほい也」(巻第2)という一節があると聞いた。養生訓は江戸時代から読み継がれる健康本。津液とは唾液やリンパ液など体液のこと。父も、アメで唾液が多く出て、体が潤い、調子が良くなってきたのだろうか?……などと考えて医師に聞いてみたが、「わからない」ということだった。

 ともかく、徐々に奇妙な行動は減り、11月を迎える頃には、「このまま家で暮らしていけるかな?」と思えるようになった。通所による「行く場所のある、規則的な生活」。昼過ぎに帰宅するなど、なるべく父自身の時計的行動(ピック病の特徴)に逆らわないルーティンにしたのが合っていたのか? 服用しているサプリメントの影響か? それとも、アメのおかげなのだろうか? だれか教えてほしい。

 そうして、少しずつ、父のメンタル面が落ち着いてきたと思いきや、今度はさまざまな身体的な異常が起き始めたのである。(つづく)(田中亜紀子 ライター)

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田中亜紀子(たなか・あきこ)
 1963年神奈川県鎌倉市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後、OLを経て、ライター。女性のライフスタイルや、仕事について取材・執筆。女性誌・総合誌などでは、芸能人・文化人のロングインタビューなども手がける。著書に「満足できない女たち アラフォーは何を求めているのか」(PHP新書)、「39.9歳お気楽シングル終焉記」(WAVE出版)。

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