陽子のシネマ・クローゼット
医療・健康・介護のコラム
英国の気品が漂うラブストーリー ポリオ患者と妻の「初めて物語」…『ブレス しあわせの呼吸』
現代につながる創造性
どちらも今では広く実用化され、多くの障がい者の生活になくてはならないものになっている。現在イギリスには、体が動かせない障がい者でも、ボートやサイクリングなどの様々なアクテビティーを体験できる『ディスエイブルドホリデー(障がい者の休暇)』という慣習があり、これもロビンが生み出したものだという。彼らの挑戦は、後に多くの人々の人生を変え、現代の社会へと続く「初めて物語」でもあることを、本作で知ることになる。
周囲の友人たちも、親身になって2人を支えた。それは決して同情ではなく、ロビンとダイアナの創造性に富んだ挑戦に、知らず知らず魅了されていったからではないだろうか。なぜなら、映画で描かれていることは本当に起きたことで、わたくしもシーンを追うごとにどこかワクワクしていた。
気品とウィットに魅せられて
ロビンを演じるのは、スパイダーマン役でブレークしたアンドリュー・ガーフィールド。妻ダイアナ役は、クレア・フォイ。Netflixドラマ「ザ・クラウン」で若かりし頃のエリザベス女王を演じ、その気品漂うエレガントなたたずまいで、自身を世界に知らしめた。今作でも、ロビンがダイアナに一目ぼれをするクリケットのシーンでは、洗練されたムードを放つ。
ロビンも病床にありながら、ジェントルマンのスタイルを貫く。古き良き、品のあるアッパーミドル(上位中産階級)の夫婦のあり方が実に心地よい。二人三脚の闘病生活も、決して深刻になりすぎない軽やかでホットなラブストーリーだ。
そんなイギリス映画らしいウィットに富む会話と美しい映像に魅せられながら、病気そのものを診るのか、人を診るのかという観点が浮かぶ。
ロビンは、自身が接してきた、患者をなおざりにする医療や福祉への異論を、生き方そのもので表現してみせた。ロビンとダイアナは、「重度の障がいがあっても生き方は変えられる、人生を堪能できるのだ」というメッセージとともにスクリーンによみがえった。これは、おそらくフィクションでも描けないようなユニークな出来事だったのではないか。
「誇りある最期」に自分の生き方を考える
観客の頭に様々な思いをめぐらせるこの物語の中で、もっともわたくしの心を揺さぶったのは、ロビンが最期を迎えるシーンだ。意見は様々ではあるが、本作のプロデューサーで、ロビンとダイアナの息子であるジョナサンは、誇りを持って事実を伝えたのは間違いない。
日本では「人生100年時代」といわれる昨今、豊かな人生とは何か、どのような人生の幕引きになるのかが大きな課題となる。日本人の死生観については、これまで活発な議論はされにくかったが、本作が、自身の人生を考える一つのきっかけになることだろう。(小川陽子 医療ジャーナリスト)
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