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産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」

医療・健康・介護のコラム

「あれもこれも」より「あれかこれか」~~「新ス-パ-ウ-マン」で壁を超えろ

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 前回までにドラマ「家売るオンナ」や「ドクターX~外科医・大門未知子」を取り上げましたが、これ以外にも「科捜研の女」「ナサケの女 ~国税局査察官~」のように、卓越した能力で実績を上げる女性が主役のドラマがあります。これらの主人公にはいくつもの共通点があり、それらを「新スーパーウーマン」と名づけてみました。彼女たちには、ワーキングウーマンの苦しみから抜け出すヒントが隠されているからです。

 四つのドラマの主人公には、いくつもの共通点があります。

 1.能力、専門スキルで勝負し、結果を出し続ける
 2.地位を求めない
 3.笑顔を作らず、 () びない
 4.協調・同調圧力に抵抗
 5.決め 台詞(ぜりふ) が言える自信
 6.公私を忘れ必死に働く

 30歳以上の年齢も共通しています。

企業人、妻、母……「すべてで完璧であらねば」という呪縛

 「新スーパーウーマン」の前提となるのが、「スーパーウーマン・シンドローム(症候群)」というとらえ方です。1980年代のアメリカで、キャリアウーマンとして、また母や妻として、何役もこなす女性が過度なストレスからめまいや頭痛、吐き気などの症状を訴えるケースを精神衛生学者のマージョリ・シェービッツが命名しました。すべての役を完全にこなそうとして行き詰まってしまう女性は今も少なくありません。例えば以下のようなケースです。

 大卒後、就職して19年になる家電メーカーの40歳代女性。同期の出世頭として頑張ってきました。勝ち気な性格で努力家、融通の利かないタイプです。夫は商社マンで多忙、家事はあまりしません。長男の中学受験のサポートも主に彼女の役割です。

 4月に営業企画課長に昇格しましたが、自分の努力だけではどうにもならない対外折衝やマネジメントが多く、思い通りにいきません。ほどなく多忙で疲労がたまったうえ、実績が前任者を下回ると、めまいや吐き気を訴えて内科医を受診します。血圧が180/100で高血圧症と診断され、「朝は憂うつ。本社ビルをみると 動悸(どうき) がし、冷や汗が流れる」という状態になりました。

 彼女の話を聞き、「妻としての私」「課長で働く私」「母としての私」の三つの役割を「スーパーウーマン」としてきっちりこなさなければというプレッシャー、そして職場の業績不振や長男の中学受験によるストレスで、「心身の不調」に陥ったのだと感じました。

 このため、まず診断書を書いて仕事を休ませ、抗不安剤や睡眠導入剤を処方。十分に休養をとったうえで彼女とカウンセリングを重ねました。自分と向き合ってもらおうと、幼少期から小学校、中・高・大学、就職、職場生活、夫婦関係、子育てについて、詳しい記録を書いてもらったのです。

 わかったのは、彼女が挫折と縁遠い人生を送ってきたこと。親の愛情に恵まれ、友人も多い。志望の大学に合格し、希望した企業に就職すると、順調に昇進しました。そこで初めて味わった挫折。彼女は「このようになる自分が許せない」「今まで乗りきってきました、それが今回なぜ……」「そういう自分が情けない。つらい」と何度も訴えました。

ライフステージごとに「何を優先すべきか」を変える

 私は女性に「今後、どうしたいのですか」と問いかけますと、「仕事を20年も続けてきたし、評価されてきました。好きですから続けたい」と言います。そこで私は「課長のままでいくのでしょうか」とたずねたところ、彼女は「ポストは関係ありません。今の仕事はやりがいがあるので続けたいですが、降格しても構いません」と答えました。

 夫は「しんどければ辞めてもよい。君の好きなようにしたら」と主体性を尊重するような言い方をするそうですが、「『辞めても構わない』が彼の本音かも」と感じていました。

 その後、夫と面談すると、彼は「妻が三つの役割をしっかりこなすのが負担なのは分かっていましたが、勝ち気なので口出しは控えました」と言います。

 症状が落ち着いた段階で、最終的に夫も交えて3人で面談し、(1)課長職を降りるが、現在の仕事は続ける。ただし仕事に力を入れすぎず60点でOKとする (2)家事はパートの家政婦さんに来てもらい負担を減らす (3)夫はもう少し家事や子供の受験のサポートに参加する ――との結論に達しました。

 その結果、3か月後に職場復帰し、経験を生かした仕事をしています。子供は志望校に合格。夫も以前よりも協力しています。この女性は地位よりやりたい仕事を優先したからこそ職場復帰に結びついたと思います。「課長のままでいなければ、それ以上の出世は望めない」というタイプでは難しいと考えます。

 すべてに一生懸命にやろうとするタイプの方は、「60点でOK」と肩の力を抜いたほうが続けられます。仕事、家庭、子育てのバランスをライフステージに応じて変えることがポイントで、「あれもこれも」では立ち行かなくなった場合、何かを捨てることが必要です。

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natsume-prof

夏目誠(なつめ・まこと)

 精神科医、大阪樟蔭女子大名誉教授。長年にわたって企業の産業医として従業員の健康相談や復職支援に取り組み、メンタルヘルスの向上に取り組んでいる。日本産業ストレス学会元理事長。著書に「中高年に効く! メンタル防衛術」「『診断書』を読み解く力をつけろ」「『スマイル仮面』症候群」など。新著は企業の人事や産業医向けの「職場不適応のサイン」ウェブ書籍「メンタル・キーワード療法~5分でできる簡易セラピー」。
夏目誠の公式ホームページ」「精神科医マコマコちゃんねる - YouTube

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1件 のコメント

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人生の種々のリスクとワークライフバランス

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

日本の人口動態や社会形成のフェーズ、海外諸国とのパワーバランスの問題もあり、やることを減らして仕事以外を自立に近い形にするか、特定業務に習熟して...

日本の人口動態や社会形成のフェーズ、海外諸国とのパワーバランスの問題もあり、やることを減らして仕事以外を自立に近い形にするか、特定業務に習熟して収入を稼ぎアウトソーシングするか、個人や家庭も生き方を迫られています。

経済格差が開けば、その傾向も顕著でしょう。

ドラマで女性が主役で、決め台詞を用意するのは、男女就労格差解消へのメッセージとショービジネスだからですが、新しい社会への移行と個々の適応という意味では男も女もやるべきことはそこまで変わりません。

高度化、分業化の進む医療界でも、知識更新に手技、臨床、研究、教育、という業務が過剰な状態で、おそらく色々と業務のグルーピングや習熟のステップの踏み方も変わっていくのではないかと思います。
そこに私生活の様々な事のタイミングや制約も重なります。

なまなかな秀才くらいであれば、あれもこれもは諦める方が良いように思います。
そういう状況を受け容れてくれる職場や家族選びも、業務外業務と考えれば、「あれかこれか」に当たるとわかります。
そういうのも、実際、職場に入って、2-3年してからわかってくる部分もありますけどね。

出来ると思ってたらできないことや、出来ないと思ってたら出来ることがあります。

ドラマとか女優とか、あくまで見世物であって、自分自身がそういう生活や人格を演じていけるか、冷静に見極めていく必要があります。

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