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ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』

医療・健康・介護のコラム

「お父さんが!」 病院から連日の電話 手術後のせん妄状態に「自己責任で」と言われ…

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大部屋で安くすむと思ったのに…

 父は手術前日に入院し、特に差額ベッド料がかからない、6人部屋に入ることができた。けがをした後に入院した複数の病院では、個室のベッドしか空いていない日も多く、多額の費用がかかっていたので、これにはほっとしたものだ。ちなみに、けがをした日に入院した病院では、個室で1日2万4千円かかったが、ほかに選択肢はなかった。

 しかし手術当日、病院を訪れると、父は大部屋にいなかった。看護師さんに聞くと、「個室に移しました」と言うではないか。理由は、大部屋のほかの認知症患者さんが大声をあげていたところ、父が興奮し、採血や検温ができなくなったからだという。さらに、手術後もそのほうがいいと言われ、1週間の入院はすべて個室になってしまった。とほほである。市民病院なので1日1万円ですんだが、それでも1週間で7万円なり。当然、全額自費。差額ベッド料は高額療養費制度の対象にならないため、後で戻ってくることもない。ぜいたくがしたくて希望したのではない場合は、確定申告時に医療費控除の足しにはできるようだが、焼け石に水だ。

 幸い手術は成功したものの、麻酔が覚めた瞬間から、せん妄状態は始まった。

 父は「なんでこんなことになってるんだ!」と大声で叫び、混乱し、ふらつきながら起き上がろうとした。説明しても手術を受けたことを納得しない。

 移植した皮膚を保護するため、夜は拘束するという方針だったが、それはもう大変だった。夜、イライラしないようにと鎮静効果のある薬剤を点滴したそうだが、翌日に副作用が出た。昼間、「お父さんが一時的に意識を失いました」と病院から電話が入ったのだ。ぎょっとしてすぐに病院へ。病院についた時には父はぴんぴんしていたが、看護師さんによると、車いすでナースステーションにいる間に、ほんの一時的だが、がくっと意識を失ったという。点滴の効き目が残っていて、ごはんを食べた後に眠気が来たのではないかという見解だった。そのため、この日はイライラを抑えるための点滴は使わないことになった。

 ところが今度は、せん妄状態で混乱していた上、拘束されたことにイライラした父が、トイレに行く際に看護師さんを殴ってしまったという。けがをするような強さではなかったようだが、翌日、「病院として、スタッフを守らないといけない」ということで、「皮膚をはがしても、それは自己責任。今日から拘束しません」と宣言されてしまった。手術後のせん妄状態で、イライラがひどくなることは覚悟していたが、「皮膚をはがしても自己責任」と言われれば途方にくれる。幸いその後、看護師さんも見守りを増やしてくれ、退院までに父が自分で皮膚をはがす惨事はなかった。

家に帰ると、棒立ちになった父

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 退院後は、手術前にも利用していた小規模多機能型居宅介護の施設にしばらく宿泊した。しかし、自宅に帰りたかったせいか、怒りっぽい症状が増え、買い物時にスーパーのレジ待ちの順番が待てないなど小さなトラブルも発生した。人を押しのけ、同行しているスタッフの手を振り払って、レジの先頭に行ってしまうのだ。

 そして、術後、半月あまりで家に戻った時、父は棒立ちだった。けがをする前は自分でできていたこと――「朝は母の仏壇にお茶とごはんを供えて線香をたく」「干物をロースターで焼き、卵その他を出してごはんを食べる」「洗濯して干す」といったことを忘れてしまっていた。

 まだせん妄状態なのか、その影響で認知症が進んでしまったからなのか、わからない。とにかく、医師が言った「一時的な」という言葉を信じ、火を使うこと以外は、自分のことは自分でできるように根気よく教えた。また、ピック病の特徴である「時計的行動」に合わせ、日々の生活がなるべくルーチン化するよう工夫。結果的に父は落ち着いていくのだが、それまでには、先の読めない混乱した時期が数か月続いたのだった。(つづく)(田中亜紀子 ライター)

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田中亜紀子(たなか・あきこ)
 1963年神奈川県鎌倉市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後、OLを経て、ライター。女性のライフスタイルや、仕事について取材・執筆。女性誌・総合誌などでは、芸能人・文化人のロングインタビューなども手がける。著書に「満足できない女たち アラフォーは何を求めているのか」(PHP新書)、「39.9歳お気楽シングル終焉記」(WAVE出版)。2020年5月、新著「お父さんは認知症 父と娘の事件簿」(中公新書ラクレ)を出版。

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2件 のコメント

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個と組織における行為と責任の境界の処理

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

医者の常識は患者の非常識とも言いますが、医療施設における医療行為という正義は、結構な割合で、一般社会の普通という正義と対立します。 ましてや、多...

医者の常識は患者の非常識とも言いますが、医療施設における医療行為という正義は、結構な割合で、一般社会の普通という正義と対立します。
ましてや、多くの精神的異常状態における正義との対立は多いです。

そういう意味で、今後ますます他職種連携のみならず、他職種への理解と尊重が大事だと思います。
そういう人間関係の複雑性も今後医学部や看護学部の教育に入れていくべきでしょう。
僕が学生の部活動に好意的なのも、そういう他人の置かれた環境に興味を示すきっかけだからです。
テストやカリキュラムも大事ですが、人間の取り扱いは複雑です。

さて、少し前の時代の外科系の先生だと、皮膚科医や精神科医を馬鹿にする人も多いですが、患者や家族のそういう部分が中長期的にボトルネックになって医療や介護ができないケースを知らなかったから言えるのではないかと思います。

良くも悪くも、長寿社会は高齢者の線引きや役割の変化を強要しています。
そして、その事の理解はそれ以外の世代にも認識や行動の変化を求めます。

一つ大事なことがあるとすれば、不完全性を認めることと、ほどほどマイペースを保つことでしょうか。
プロでも大変な知識や知恵の運用を素人がいきなり全部受け容れるのは無理です。
現場の若手も大変で、「自己責任」をある程度振り回さないと、彼らもペースが保てないわけです。

精神科の隔離や拘束も一時問題になりましたが、代案無き状況で混乱を避ける意味合いはあります。
より多くの人の理解と支援なしに医療は成り立たないので。

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悲しみよこんにちは から学ぶこと

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

ピック病単品ではない難しさ。 おそらく、疾患の病状も、本人や家族の理解も定型的なものではないでしょう。 半分、諦め乍ら、向き合うのが正解とは思い...

ピック病単品ではない難しさ。

おそらく、疾患の病状も、本人や家族の理解も定型的なものではないでしょう。

半分、諦め乍ら、向き合うのが正解とは思います。

平気 涙が渇いた後には夢への扉があるの

30年以上前から、色々な悩みが歌になっています。

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