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ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』

医療・健康・介護のコラム

「お父さんが!」 病院から連日の電話 手術後のせん妄状態に「自己責任で」と言われ…

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 「お父さんが意識を失いました」

 「お父さんが看護師を殴ってしまいました」

 父が形成外科でおでこの皮膚移植手術  (前回コラム参照)を受けた後、毎日のように入院先の病院から電話がかかってきたり、看護師さんから注意があったりと、気の休まる時がなかった。病院からかかってくる電話にろくなことはない。

「お父さんが看護師を殴って」…病院から連日の電話 手術後のせん妄状態で生きた心地せず

 手術自体は、短時間で終わる生命に危険のないものだったが、認知症で高齢の父には、手術後、「せん妄状態」という一時的な意識障害になるリスクがあると事前に言われていた。時間や場所の感覚がなくなるので、入院していることがわからなくなったり、幻覚があったり、突然、攻撃的になるなど、出る症状はさまざまだそう。珍しいことではないようで、後で友人知人から「うちの親もそうだったよ」と声をかけていただいた。

 高齢者が入院・手術する場合、手術の結果や回復とは別に、さまざまな (わな) が天から仕掛けられている気がする。たとえば入院が長引くと、基礎体力や体重が落ち、退院できても前のような体に戻れないこともある。祖母のときは、入院するたびに大きく体重を落とし、最後はがりがりになってしまった。また、足が弱ると寝たきりになるだけではなく、認知症が進むことも多いという。そういったさまざまなリスクに加え、「せん妄状態」というやっかいな事態まで待っているのだから、高齢者にとって、入院・手術は、体に恐ろしく負担がかかるものなのだろう。

「皮膚を触ってはいだら、二度と移植手術はできません」

 「せん妄状態」という言葉は、手術前に、認知症で診てもらっている神経内科の医師から聞いて、初めて知った。「一時的」とあるからには、元に戻るのだろうか?

 「基本は戻ることが多いけど、人や状況によって、全部は戻らないこともあるし、そのことで認知症が進む可能性もあるけど、そのへんはもうしょうがないかな」

 と、神経内科の先生は言う。「それは困る!」と思っても、手術をしない選択は、おでこが骨状態の父の場合、ありえない。

 けがした当初は、あまりにも骨むきだしの部分が多く、皮膚移植手術ができないかもしれないと言われていたのが、その後、肉芽組織が順調に育ち、1か月後に手術ができることになった。それは大変喜ばしかったが、皮膚移植が無事にすんでも、「術後、皮膚がある程度定着するまでに、触ってはいだりしたら、もう二度と手術はできません」と形成外科の執刀医から言われていたため、気が重かった。認知症の父が、手術で混乱してせん妄状態になったら、傷に触るなと言ったところで効果はあるのか? 手術後、皮が定着するまではやむなく拘束するなど、医師が「うちも慣れてるので、工夫しますよ」と言ってくれた。しかし、そうなった場合、どんな騒ぎになるかは想像できていた。

ピック病症状のイライラが高まり

 認知症の中でもピック病を患う父は、混乱するとイライラがひどくなり、粗暴な態度や行動をとる傾向がある。そこにけがのショックと長引いた入院生活のストレスが重なり、手術前からイライラは高まっていた。けがをした当日は、「いや~転んじゃってね」と笑いながら人に話していたのに、時間がたつに従って、病院や施設で笑うことはなくなり、返事もせず、時には舌打ちを何度もするようになった。看護師さんが移動の時に手をかそうとすると、すごい勢いで振り払って 威嚇(いかく) することも。私が、父の気に入らないこと、たとえば、糖尿病なのに、アイスを一日に何度も食べるのを止めたり、あるいは看護師さんへの態度を注意したりすると、ベッドから起き上がり、ダッシュで殴りかかってくることもあった。その勢いは、看護師さんや叔母が「あぶない!」と叫ぶくらい。おでこが骨の状態なのに、こういった衝動的な行動は転倒の危険を考えるとものすごく怖かった。

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田中亜紀子(たなか・あきこ)
 1963年神奈川県鎌倉市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後、OLを経て、ライター。女性のライフスタイルや、仕事について取材・執筆。女性誌・総合誌などでは、芸能人・文化人のロングインタビューなども手がける。著書に「満足できない女たち アラフォーは何を求めているのか」(PHP新書)、「39.9歳お気楽シングル終焉記」(WAVE出版)。2020年5月、新著「お父さんは認知症 父と娘の事件簿」(中公新書ラクレ)を出版。

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2件 のコメント

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個と組織における行為と責任の境界の処理

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

医者の常識は患者の非常識とも言いますが、医療施設における医療行為という正義は、結構な割合で、一般社会の普通という正義と対立します。 ましてや、多...

医者の常識は患者の非常識とも言いますが、医療施設における医療行為という正義は、結構な割合で、一般社会の普通という正義と対立します。
ましてや、多くの精神的異常状態における正義との対立は多いです。

そういう意味で、今後ますます他職種連携のみならず、他職種への理解と尊重が大事だと思います。
そういう人間関係の複雑性も今後医学部や看護学部の教育に入れていくべきでしょう。
僕が学生の部活動に好意的なのも、そういう他人の置かれた環境に興味を示すきっかけだからです。
テストやカリキュラムも大事ですが、人間の取り扱いは複雑です。

さて、少し前の時代の外科系の先生だと、皮膚科医や精神科医を馬鹿にする人も多いですが、患者や家族のそういう部分が中長期的にボトルネックになって医療や介護ができないケースを知らなかったから言えるのではないかと思います。

良くも悪くも、長寿社会は高齢者の線引きや役割の変化を強要しています。
そして、その事の理解はそれ以外の世代にも認識や行動の変化を求めます。

一つ大事なことがあるとすれば、不完全性を認めることと、ほどほどマイペースを保つことでしょうか。
プロでも大変な知識や知恵の運用を素人がいきなり全部受け容れるのは無理です。
現場の若手も大変で、「自己責任」をある程度振り回さないと、彼らもペースが保てないわけです。

精神科の隔離や拘束も一時問題になりましたが、代案無き状況で混乱を避ける意味合いはあります。
より多くの人の理解と支援なしに医療は成り立たないので。

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悲しみよこんにちは から学ぶこと

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

ピック病単品ではない難しさ。 おそらく、疾患の病状も、本人や家族の理解も定型的なものではないでしょう。 半分、諦め乍ら、向き合うのが正解とは思い...

ピック病単品ではない難しさ。

おそらく、疾患の病状も、本人や家族の理解も定型的なものではないでしょう。

半分、諦め乍ら、向き合うのが正解とは思います。

平気 涙が渇いた後には夢への扉があるの

30年以上前から、色々な悩みが歌になっています。

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