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訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~ 佐々木淳

介護・シニア

人生のラスト10年は病気や障害とともに生きる

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いずれ認知症や要介護になるものと考えて備える

 寝たきり予防や認知症予防に積極的に取り組んで、より長く元気に生きる。これはとても大切なことです。しかし、「予防」という言葉には、悪いものを避けるというニュアンスがあります。あまり予防にこだわりすぎると、寝たきりや認知症になった時に、「予防に失敗した、人生終わりだ……」と思う人も出てくるかもしれません。要介護や認知症は、いずれ起こるもの。努力によって遅らせることはできるけれど、完全に防ぐことはできません。大切なのは「防ぐ」だけでなく「備える」こと。要介護になっても、認知症になっても、自分らしく生きられる。そんな準備をしておくことが大切だと思います。

86歳要介護3でもブラシ作りの仕事を続ける

 東京都葛飾区で一人暮らしをしている86歳の私の患者さんがいます。彼女は要介護3、つまり一人では外出することができず、一日の大部分をベッドの上で過ごします。食事の準備や入浴などは一人では難しく、ヘルパーさんが手伝ってくれています。記憶力も低下しつつあり、薬がちゃんと飲めているかどうかも、ヘルパーさんが確認してくれています。

 先日、診療で彼女のご自宅を訪れたところ、「久しぶりに仕事が入った!」と笑っておられました。静岡県に300本のブラシを納品するのだそうです。青竹の柄に規則正しくたくさんの穴を開けて、そこに乾燥させたアロエの繊維を埋め込んでいきます。全工程を一人で、すべて手作業で。気の遠くなるような話ですが、ご主人と始めたこの仕事を、12年前にご主人、その2年後にお (しゅうとめ) さんを見送った今も、一人黙々と続けておられます。注文主も長年のつきあい。彼女の仕事ぶりもよく知っています。だから納期もかなり緩やかに設定してくれています。

 「私は死ぬまで働くよ。働くのをやめたら、きっとボケる」

 そう自信満々に語る彼女は、自分の年齢を100歳と信じていますが、私もあえて訂正はしません。

 健康はとても大切なものです。しかし、私たちは健康でいるために生きているわけではありません。大切なのは、自分らしい生活が継続できること。そして、そこに幸せを見つけられること。たとえ、身体機能や認知機能が低下したとしても、自分は自分らしく生きている。自然にそう思える環境を作ることが、在宅医療の大きな使命の一だと私は考えています。(佐々木淳 訪問診療医)

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sasaki-jun_prof

佐々木淳(ささき・じゅん)

 医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1998年筑波大学医学専門学群卒業。社会福祉法人三井記念病院内科/消化器内科等を経て、2006年に最初の在宅療養支援診療所を開設。2008年 医療法人社団悠翔会に法人化、理事長就任。2021年 内閣府・規制改革推進会議・専門委員。首都圏ならびに沖縄県(南風原町)に全18クリニックを展開。約6,600名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。

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4件 のコメント

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変わる医療や介護サービスとの付き合い方

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

身体的なピークが20歳というのは昔の概念で、サッカー選手の寿命よろしく、様々な面で概念は変わりつつあると思います。 確かに、身体の驚異的な回復と...

身体的なピークが20歳というのは昔の概念で、サッカー選手の寿命よろしく、様々な面で概念は変わりつつあると思います。
確かに、身体の驚異的な回復という面では20歳くらいでしょうが、身長が止まってくる20代前半からも筋肉の発達は続く感じです。
一方で、旧来の社会制度上、多くの人は18歳前後で運動をやめてしまうので、先生が書かれていることも、同様の意味合いはあります。
働き方改革も難航していますが、今後そういう部分も含めて、新しい知見や考え方が新しい社会を形作るのではないかと思います。
団塊世代の強靭さは、成熟社会で生まれ育ったポスト団塊ジュニア世代と違う気もします。
そういう意味では、寿命や健康寿命も今の常識が当てはまらない時代になっていくのかもしれません。
もちろん、今は高齢者で医療や介護を必要とされる方が多いのかもしれませんが、様々な切り口の記事を書いていただければと思います。
人生のラスト10年がいつ訪れるのか?
若年性疾患も増えている昨今では、様々な定義や年数も考えられます。

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父母だけでなく自分や子供たちのためにも

克水自身元編集長

(先程、途中送信したものがございますが、残りを追記して再送信いたします) 大変示唆深い記事、拝読したしました。 先生のお話はご講演や著書で伺った...

(先程、途中送信したものがございますが、残りを追記して再送信いたします)


大変示唆深い記事、拝読したしました。
先生のお話はご講演や著書で伺ったことがありますが、様々なテーマで生と死に向き合われてきたご経験からまたこうして広く一般の方々向けに綴られること、両親がまさに当事者となろうとしている自分には大変有り難く、また、同世代の友人やその親御さんにも理解して頂く機会になると期待しております。

改めて父母たちの生き様を想うと、戦後の高度成長期に産声を上げてからバブル絶頂期を経て、前例なき便利な社会のなかで生を全うしようとしている、きっと人間史上稀にみる豊かな時代の人々ではないかと。当たり前のように70代にさしかかりましたが、「古希」という字面にもそのことを気付かされます。

それゆえ、その終わりというものへの意識が希薄であったように感じることがりますし、だからこそ、本人や家族たちの心構えや覚悟も肝要ではないか、と改めて意識させて頂くきっかけになりました。

巡り巡って自分たちが看取られる側になる。だからこそ、父母たちの背中をさすりながら、己の予行練習に代えていくことが、次の世代への餞になると信じております。そういった意味でも、この連載やご活動を楽しみにしております。

今後とも何卒宜しくお願い申し上げます。

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健康の定義

リハビリテーション科 言語聴覚士

言語聴覚士という食べる、しゃべる、聴くに関わる仕事をしています。ICF(国際生活機能分類)において、人が「生きること」「生きることの困難(障害)...

言語聴覚士という食べる、しゃべる、聴くに関わる仕事をしています。ICF(国際生活機能分類)において、人が「生きること」「生きることの困難(障害)」をどうとらえるかを記された上田敏先生の“健康の概念”では、「病気にならない」、「障がいがない」事を示しているものでは決してなく、例え病気になったとしても、障がいがあったとしてもその人らしい活動や参加が行える事自体が“健康、健全である”と教わりました。個人因子や環境因子、ありとあらゆる要素を総動員して、老いや病気と共に生きていく人生に価値が見出せるように支援するのが在宅医療チームの使命だと考えています。佐々木先生の在宅医療チームが投じた一石が、日本中に万波のうねりとなって波及していく事を切に希望しています。

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