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リングドクター・富家孝の「死を想え」

医療・健康・介護のコラム

デスツーリズム(安楽死の旅)という選択~死はだれのものか

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 前回は、人工透析を中止して亡くなった患者さんについて述べました。この患者さんは透析をしなければ命にかかわることを伝えられ、透析の中止に同意したとされていますので、「尊厳死」を考えていた可能性があります。

 人は誰も、苦痛なく、安らかに死んでいきたいと願います。しかし、その思いがかなうことは、現代の日本では難しいと言わざるを得ません。終末期において、モルヒネなどによる緩和治療は行われますが、「安楽死」は認められていないという事情も関係しています。

 死期が迫り、耐え難い苦しみに耐えている患者さんに対して、いくら本人が願おうと、医師は薬などを処方して死なせてあげることができません。これをすると、「殺人」や「自殺幇助」などの容疑で逮捕される可能性があります。

安楽死を求めて国境を超える人々

 ところが、欧米諸国には、安楽死を認めている国があります。スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクのヨーロッパ各国のほか、アメリカのニューメキシコ、カリフォルニア、ワシントン、オレゴン、モンタナ、バーモントの六つの州では、安楽死が合法です。患者さんが強い意志を示せば、医師は死に至る処置を施していいことになっています。

 とくにスイスには安楽死をサポートしてくれるNGO団体があり、外国人にも安楽死を開放しています。ジャーナリストの宮下洋一氏の著書『安楽死を遂げるまで』(小学館)によると、150万~200万円(渡航費と滞在費を含めて)で安楽死ができるといいます。

 そのため、世界各国から死ぬためにスイスを訪れる人が後を絶ちません。日本人もすでに何人か利用したといいます。これを「安楽死の旅」=「デスツーリズム」と呼んでいます。

 もっとも早く安楽死を認めたオランダは、保険適用で患者の費用負担なしで安楽死ができます。しかし、保険はその国の国民が納めた税金で成り立っているので、外国人には開放していません。

 数年前、デスツーリズムを描いたフランス映画『母の身じまい』が日本で上映されたことがあり、これを見て私はショックを受けました。映画は不治の病に侵された母親を息子がクルマに乗せてスイスに連れていく。そこは「自死の家」と言われる施設で、母親は意思を確認され、薬を渡されます。そうして薬を飲んでベッドに入ると、約40分で死を迎えます。この経緯を映画は淡々と描くのですが、死がこれほどまでにあっけないことに誰もが驚くのです。

 母親の最期の言葉は、「私の人生は幸せでした」でした。

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富家 孝(ふけ・たかし)
医師、ジャーナリスト。医師の紹介などを手がける「ラ・クイリマ」代表取締役。1947年、大阪府生まれ。東京慈恵会医大卒。前新日本プロレス・リングドクター、医療コンサルタントを務める。著書は「『死に方』格差社会」など65冊以上。「医者に嫌われる医者」を自認し、患者目線で医療に関する問題をわかりやすく指摘し続けている。

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3件 のコメント

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穏やかな死とは

つむぎ

現職介護職員です 介護認定を受けて、自宅での生活が困難(出来るが、家族が入所を希望する方もあり)な方が入所してきます。 自分で自分のことがある程...

現職介護職員です
介護認定を受けて、自宅での生活が困難(出来るが、家族が入所を希望する方もあり)な方が入所してきます。
自分で自分のことがある程度出来ていた方も時間の経過につれて、排泄、食事などの介助が多くなってきます。いよいよ食べれなくなってきたとき、家族は胃瘻 中心静脈栄養法などの医療行為を望むのか、穏やかな死を迎えるために看取りに進むのか悩む時がきます。
年齢にもよりますが、自分自身は食べれなくなったときが人の命の限界だと思っています。私は子供たちに、胃瘻などの処置はしない、心肺蘇生はしない、痛みがあるときは取り除いてほしいと、書面で実印を押して渡してあります。
現在70代以上の方は自分の意思を示していない方が多いです。

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死という人生の重要な決断を家族や医師という「他人任せ」にしているのです。 最後の一文が少し頭に引っかかっていました。 それで、ドイツの一部でSe...

死という人生の重要な決断を家族や医師という「他人任せ」にしているのです。

最後の一文が少し頭に引っかかっていました。
それで、ドイツの一部でServusという挨拶をしていたことを思い出しました。
人に、神に、お仕えする。

それは何故か?
ということを考える事さえ、無意識に排除されているのかもしれません。

実際、物理的生産性がなく、本人が中長期的に生への欲求や喜びを失っている状態の人間の価値は極めて多様なものです。
特に、物理的に働けるものの、精神的にそうでない人間の状態をどう評価するか?
ジャンヌダルクではないですが一人の命や考えが大きな数を動かす可能性が政治的に意味合いがあります。

キリスト教の一部の価値観で自殺や離婚は大きな罪とされています。
これは、要するに組織=村社会の利益と個人のエゴがぶつかった時に、組織(および有力者)の意見が優先されるという意味でもあります。
恋愛と結婚が同一の場合もそうでない場合もあると言えばわかりよいでしょうか?

一定の自由を愚行権と称する場合もありますが、なぜ、愚かなのか?
要するに、多様な価値観を一定の幅に統制する意味合いがあるわけです。
確かに、精神科の論理で「自傷他害の恐れ」という基準がありますが、それも基準を定める前提と理由と結果があります。

戦争においては効率的に殺戮や略奪を行うことが正義です。
平和な社会でも、財や身分の奪い合いは水面下であります。

一方で、殺伐としてばかりもしんどいし、そういう人間が増えすぎると治安が悪くなる政治的要因があります。

そして、今は、昔に比べて、ITやSNSなど情報の融通による知識の譲り合いが簡単になりました。
その中で、死にたい状態や困難な状態の人が一定数集まったり、知恵を融通したり、ができるようになって、今まで黙殺されてきた問題に光をあてられるようになったともいえます。

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安楽死を取り巻く社会構造と人間の気持ち

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松永正訓先生の所にもコメントを入れさせていただいていますが、命の価値や意味の多様性は複雑です。 「私の意識や判断は私のものだが、私だけのものでは...

松永正訓先生の所にもコメントを入れさせていただいていますが、命の価値や意味の多様性は複雑です。

「私の意識や判断は私のものだが、私だけのものではない。」
そんな簡単な意味も、様々な状況下で生きていく中ではこじれます。
その時に、死にたいと思ったり、生きている意味を感じないことはあります。
実際、僕も、そういう時期はありました。

うつ病やうつ状態は真面目な人に多いと言いますが、しがらみの多さを考えれば、勉強すればするほどにそれらが見えてしまい、未来を思えば気が重くなるのも分かります。
「私だけのものではない私という存在」との付き合い方を考えていくには時間も経験も必要ですし、多くの普通の人にとっては仲間も必要でしょう。

安楽死にも積極的なものと消極的なものがありますが、そういう事を学んで考える事もまた難しいモノです。(だから、ピンピンコロリを希望する方も多いです。)
かといって、簡単に済まされていいとも思いません。

安楽死や自殺を望む人が減るような社会の変化も大事ですし、そういう人があの世に行く前に、子供や社会に財や知恵を還元できる制度も必要だと思います。

最近感じましたが、電車の中でスマホばかり見ている多くの人間は、多くの人間をのせて走る社会という名の列車と相似構造です。
疎外感を感じれば、列車を降りたいと思う時もあるでしょう。
そういう選択肢の担保も大事ですが、多くの高齢者が見え方や感じ方を変えられる枠組みも育つといいですね。

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