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ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』

介護・シニア

「病院に行って」と言う娘に激怒し、父は殴り掛かってきた 教育者で穏やかな人だったのに…

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 「うるさい、俺はどこもおかしくなんかない。自分のことは自分が一番わかっている」

 いきなり父が怒鳴った。それは、あきらかに認知症の症状が出ているのに、車の運転をやめない父に、「病院で認知症かどうか見てもらおう」と促した時のことだった。

 「自分のことがわからなくなるのが認知症なんだって。そうじゃないなら、検査を受けて証明してよ」

 と、私が言うと、顔の横にこぶしを作って振りかざし、娘の私に殴りかかってくる。年をとった父のこぶしは、スピードも遅く、よけるのは造作ないし、当たっても痛くなかった。逆に滑稽ともいえるその姿に、私は何ともいえない情けない気持ちになっていた。かつては小学校の校長を務め、頑固だけど、穏やかで愛嬌もあった父……。

 父が認知症の診断を受けるまで、とにかく病院に行かせようとした私は、こんな不毛なやりとりを何年も繰り返した。

4番目に多い認知症 人格障害的な傾向強く

「病院に行って」と言う娘に激怒し、父は殴り掛かってきた 教育者で穏やかな人だったのに…

 現在、父は83歳。私はといえば、独身のフリーのライターで、数年前まで都内に一人暮らしをしていたが、家族と飼い猫の高齢化などさまざまな理由で近郊の実家に戻り、現在は父と同居している。

 一口に認知症と言っても、いろいろ種類があるということを、私は父が 罹患(りかん) して初めて知った。父は、認知症の中で4番目に多い「ピック病」という病を抱えているが、恥ずかしながら、この病名も、父が診断されるまで全く知らなかった。病院に行くことを長年拒否していたせいで、ようやく認知症の診断を受けたのが2017年の夏。ピック病と判明したのはその12月のことだが、症状はかなり前からあった。

 ピック病は、脳の前頭葉と側頭葉が萎縮する「前頭側頭型認知症」の一種で、脳に「ピック球」と呼ばれる細胞の構造物が見られるものをいうそう。症状はいろいろだが、情緒的、人格的な障害が生じることが多いという。「自分勝手になる」「穏やかだった人が怒りっぽくなる」「急に泣いたり怒ったりする」といった傾向が表れ、理性的な行動がとれなくなり、異常行動や決まった時間に決まったことをする「時計的行動」や、中には痴漢、万引きなどの反社会的行動をとるケースもあるという(参照:認知症専門医 長谷川嘉哉ブログ「転ばぬ先の杖」)。

 国内の患者数は現在、1万人ほどとされている。しかし、この病気を診断できる医師がまだ少ないことや、記憶が比較的保たれ、人格障害的な症状が多く出るため、家族が認知症だと気づきにくいことから、実際の数はずっと多いとみられている。

祖母が残した小銭を「これは俺のだ」と…

 認知症専門医によると、父の症状はピック病7割、アルツハイマー3割といったところだそうだ。アルツハイマーの傾向もあるので、父の様子がおかしいと思い始めたのは、やはり物忘れがきっかけである。教育者だった父は、多少プライドは高く頑固だったが、そこそこ気のいい穏やかな人だった。定年後も実験教室の講師のような仕事を続けていたが、それも母が急死した約16年前頃に終わり、近所に車で買い物に出かけることと、妹の子供の世話や自分の最低限のことをする以外は、ほぼ部屋でごろごろしてテレビを見る生活になった。

 そんな父は、10年以上前から、ちょっとした連絡事項を忘れるようになった。高齢なので仕方ないと考えていたが、数年前、事件が起きた。

 同居していた、母方の祖母が亡くなった時のことだ。父が毎月、生活費として、一定の金額を祖母から徴収しているのをこの目で見ていたが、母の妹である叔母に対して「長年家賃ももらわないでいた」と真顔で言うのだ。そして、祖母の部屋を整理した後、そこから出てきた小銭の山を床に置き、面倒をみていた叔母と私、そして父で分けようかと叔母が言ったら、父は 豹変(ひょうへん) し、「これは俺のだ」と、ものすごい剣幕で、自分の方に引き寄せてビニール袋に入れ、自室に持っていってしまった。叔母と私はあっけにとられたが、その後、私は涙がとまらなくなった。「こんな人ではなかった」はず、だからだ。

 年をとって、これまで抑えられていた性格が出てきたのだろうか。高齢になって性格が変わることもあると聞くが、父もそうなのか? いろいろな思いが渦を巻いた。

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田中亜紀子(たなか・あきこ)
 1963年神奈川県鎌倉市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後、OLを経て、ライター。女性のライフスタイルや、仕事について取材・執筆。女性誌・総合誌などでは、芸能人・文化人のロングインタビューなども手がける。著書に「満足できない女たち アラフォーは何を求めているのか」(PHP新書)、「39.9歳お気楽シングル終焉記」(WAVE出版)。

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2件 のコメント

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本来の姿が出る

認知症介護経験有り

先日、亡くなった祖母は認知症でした。 だけど、認知症の検査にも素直に行き、医者から渡された薬も素直に飲んでいました。デイケアでもたくさんの友人を...

先日、亡くなった祖母は認知症でした。
だけど、認知症の検査にも素直に行き、医者から渡された薬も素直に飲んでいました。デイケアでもたくさんの友人を作っていました。おかげで認知症の進行はゆっくりで、90才で大往生でした。

数年前に義母が認知症であることが分かりました。
義母は自分が認知症であることを認めず、病院にも行こうともせず、なんとか病院に連れて行って、認知症であることが明確になっても、自分は認知症ではないと言い続け、薬もしっかり飲もうとはしません。デイケアも嫌がります。

祖母と義母の差は何かと考えました。
認知症になると、その人の人間性がダイレクトに表面に現れてくるのではないかと思うのです。
そう考えないと、祖母と義母でこれほどの差が出てくるとは考えられません。

今まで穏やかだった人が認知症が進むに連れて凶暴になるとすれば、
その人が変化したのではなく、そもそも凶暴な人だったと考えるのが自然です。

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「自分勝手になる」「穏やかだった人が怒りっぽくなる」「急に泣いたり怒ったりする」 そう考えている人はどなたでしょうか? いつもと違う気がする、そ...

「自分勝手になる」「穏やかだった人が怒りっぽくなる」「急に泣いたり怒ったりする」
そう考えている人はどなたでしょうか?

いつもと違う気がする、そういう私の理解にとって都合のいい人格や行動パターンを他人に知らず知らずに押し付けていませんか?

ピック病という診断ですが、いくつか主観と客観の交錯している部分があります。
祖母の小銭を独占しようとしたのは、お金そのものではなく、愛情の表現型かもしれません。
壊れたものは、モノとしては役立ちませんが、そこには思い出があります。
過度に進めばコレクター癖となりますが、そこまで他人に迷惑でしょうか?
自分の感覚を他人に押し付ける傲慢さが誰しもあります。
(幼児が自分の気に入ったものをお礼に差し出したがるのと同じです。)

高齢者の場合、単一の疾患のみならず、脳血管性認知症の症状(怒りやすい)が重なることは想定すべきです。
血流や神経機能が低下すれば、あらゆる機能低下は想定の範囲内で、何処から先を病的とするかに人間の尊厳が関わります。
父親の老いの全てを否定しにかかれば、父親にとって、娘は敵になりえます。
その事がわからなければ、お互い不幸になるでしょう。

「俺を誰だと思っているんだ?」
想い出の品ごと処理されそうな己の存在が不安なのでしょう。

決まった時間に決まったことをするのも、自分の中での規律を保つため行為かもしれません。
解明されてない症状を悪と決めつけることなく、そういう高齢者(患者さんと健常者のミックス)の生活と折り合いを考える方が正しいと思います。
決まった時間に学校に来ない子供は叱責の対象でしょう?

日本の外交においても緩衝地帯があります。
直接触れると激発する領土問題。
一方で、そういう区域があって、双方の固有の文化が尊重されます。
同じように、健常者と高齢者の距離感や線引きもうまくいくのではないでしょうか?

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