文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』

医療・健康・介護のコラム

「病院に行って」と言う娘に激怒し、父は殴り掛かってきた 教育者で穏やかな人だったのに…

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 「うるさい、俺はどこもおかしくなんかない。自分のことは自分が一番わかっている」

 いきなり父が怒鳴った。それは、あきらかに認知症の症状が出ているのに、車の運転をやめない父に、「病院で認知症かどうか見てもらおう」と促した時のことだった。

 「自分のことがわからなくなるのが認知症なんだって。そうじゃないなら、検査を受けて証明してよ」

 と、私が言うと、顔の横にこぶしを作って振りかざし、娘の私に殴りかかってくる。年をとった父のこぶしは、スピードも遅く、よけるのは造作ないし、当たっても痛くなかった。逆に滑稽ともいえるその姿に、私は何ともいえない情けない気持ちになっていた。かつては小学校の校長を務め、頑固だけど、穏やかで愛嬌もあった父……。

 父が認知症の診断を受けるまで、とにかく病院に行かせようとした私は、こんな不毛なやりとりを何年も繰り返した。

4番目に多い認知症 人格障害的な傾向強く

「病院に行って」と言う娘に激怒し、父は殴り掛かってきた 教育者で穏やかな人だったのに…

 現在、父は83歳。私はといえば、独身のフリーのライターで、数年前まで都内に一人暮らしをしていたが、家族と飼い猫の高齢化などさまざまな理由で近郊の実家に戻り、現在は父と同居している。

 一口に認知症と言っても、いろいろ種類があるということを、私は父が 罹患(りかん) して初めて知った。父は、認知症の中で4番目に多い「ピック病」という病を抱えているが、恥ずかしながら、この病名も、父が診断されるまで全く知らなかった。病院に行くことを長年拒否していたせいで、ようやく認知症の診断を受けたのが2017年の夏。ピック病と判明したのはその12月のことだが、症状はかなり前からあった。

 ピック病は、脳の前頭葉と側頭葉が萎縮する「前頭側頭型認知症」の一種で、脳に「ピック球」と呼ばれる細胞の構造物が見られるものをいうそう。症状はいろいろだが、情緒的、人格的な障害が生じることが多いという。「自分勝手になる」「穏やかだった人が怒りっぽくなる」「急に泣いたり怒ったりする」といった傾向が表れ、理性的な行動がとれなくなり、異常行動や決まった時間に決まったことをする「時計的行動」や、中には痴漢、万引きなどの反社会的行動をとるケースもあるという(参照:認知症専門医 長谷川嘉哉ブログ「転ばぬ先の杖」)。

 国内の患者数は現在、1万人ほどとされている。しかし、この病気を診断できる医師がまだ少ないことや、記憶が比較的保たれ、人格障害的な症状が多く出るため、家族が認知症だと気づきにくいことから、実際の数はずっと多いとみられている。

祖母が残した小銭を「これは俺のだ」と…

 認知症専門医によると、父の症状はピック病7割、アルツハイマー3割といったところだそうだ。アルツハイマーの傾向もあるので、父の様子がおかしいと思い始めたのは、やはり物忘れがきっかけである。教育者だった父は、多少プライドは高く頑固だったが、そこそこ気のいい穏やかな人だった。定年後も実験教室の講師のような仕事を続けていたが、それも母が急死した約16年前頃に終わり、近所に車で買い物に出かけることと、妹の子供の世話や自分の最低限のことをする以外は、ほぼ部屋でごろごろしてテレビを見る生活になった。

 そんな父は、10年以上前から、ちょっとした連絡事項を忘れるようになった。高齢なので仕方ないと考えていたが、数年前、事件が起きた。

 同居していた、母方の祖母が亡くなった時のことだ。父が毎月、生活費として、一定の金額を祖母から徴収しているのをこの目で見ていたが、母の妹である叔母に対して「長年家賃ももらわないでいた」と真顔で言うのだ。そして、祖母の部屋を整理した後、そこから出てきた小銭の山を床に置き、面倒をみていた叔母と私、そして父で分けようかと叔母が言ったら、父は 豹変(ひょうへん) し、「これは俺のだ」と、ものすごい剣幕で、自分の方に引き寄せてビニール袋に入れ、自室に持っていってしまった。叔母と私はあっけにとられたが、その後、私は涙がとまらなくなった。「こんな人ではなかった」はず、だからだ。

 年をとって、これまで抑えられていた性格が出てきたのだろうか。高齢になって性格が変わることもあると聞くが、父もそうなのか? いろいろな思いが渦を巻いた。

1 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

20190329_atanaka-prof_200

田中亜紀子(たなか・あきこ)
 1963年神奈川県鎌倉市生まれ。日本女子大学文学部国文学科卒業後、OLを経て、ライター。女性のライフスタイルや、仕事について取材・執筆。女性誌・総合誌などでは、芸能人・文化人のロングインタビューなども手がける。著書に「満足できない女たち アラフォーは何を求めているのか」(PHP新書)、「39.9歳お気楽シングル終焉記」(WAVE出版)。2020年5月、新著「お父さんは認知症 父と娘の事件簿」(中公新書ラクレ)を出版。

ピック病(認知症)介護『父と私の事件簿』の一覧を見る

5件 のコメント

コメントを書く

サービス付き高齢住宅をおすすめします

たるたる

大変なご様子、胸が痛みました。ただ、子どもだからといって親の面倒を見る必要はないと思います。私事ですが、母の死後、父はサービス付き高齢者マンショ...

大変なご様子、胸が痛みました。ただ、子どもだからといって親の面倒を見る必要はないと思います。私事ですが、母の死後、父はサービス付き高齢者マンションに入り、そこで5年ほど過ごし、亡くなりました。私も病気で入院などあり、父との同居は不可能でした。サービス付き高齢者住宅は、子どもに一切の負担がかからず、おすすめです。認知症でも入れるところはあります。「介護はプロに」は至言だと思いました。そのような選択を取った父には感謝しています。

つづきを読む

違反報告

どんな人でもなる

老人ホームスタッフ

元々の人格はたいして関係ないと思います。症状の重さ、脳の壊された部分や壊れ方の違いで、たとえ高潔な方であっても、ひとたび認知に障害をきたせば、お...

元々の人格はたいして関係ないと思います。症状の重さ、脳の壊された部分や壊れ方の違いで、たとえ高潔な方であっても、ひとたび認知に障害をきたせば、おむつをほぐして食べたり、大便を壁や寝具に塗りたくったりしてしまう例を幾度も見ました。認知症と診断されても問題行動が無かった人は、ただ運よく問題行動を起こす部分が壊されないまま往生されただけだと思われます。

つづきを読む

違反報告

人格は変わります

NK

筆者を悪く言ってるコメントがありますが、本当に変わりますよ? うちは、認知症の母を、がん闘病中の妹が介護している状態ですが、働きながら世話をする...

筆者を悪く言ってるコメントがありますが、本当に変わりますよ?
うちは、認知症の母を、がん闘病中の妹が介護している状態ですが、働きながら世話をする妹を罵倒する母が見ていられません。
妹ががん闘病中だとは「分かってる!」と言う割に、髪の毛の抜けた頭をバカにする、妹が心不全を起こしかけていると病院で言われた時は爆笑する。
昔はこんな母ではありませんでしたし、今も一見普通に見えて、変なこだわりやワガママ、暴言が突然飛び出す。家族にしか分からない苦しみです。

つづきを読む

違反報告

すべてのコメントを読む

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事