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陽子のシネマ・クローゼット

医療・健康・介護のコラム

「悪魔つき」といわれた病気から若き女性記者を救ったのは…『彼女が目覚めるその日まで』

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主人公の生還を信じ続けた両親と恋人

 病気の恐怖とは別の視点から見ると、両親と恋人が力を合わせて愛する人を取り戻す戦いの物語がクローズアップされる。

 病名を突きとめることをあきらめかけているドクターたちを突き動かしたのは、「(スザンナが)瞳の奥で“出たい”と叫んでる」「先生たちならきっと希望をくれると思ったのに……それが仕事でしょ!?」という、スザンナのボーイフレンド、スティーヴンの言葉だった。

 そして、神経内科医で神経病理医、てんかん専門医でもあるスーヘル・ナジャーとの出会いが、八方塞がりの状況を打破するきっかけになる。ナジャー医師の患者に対する心の通った誠実な姿勢と、どんな患者も決してあきらめない、という固い決意が、最後にはスザンナを闇の中から救い出すのだ。

医学界の「縦割り」が問題

 バレット監督によるとナジャー医師は、「医学界にはいくつもの診療科があり、その間には大きな隔たりがある。特に精神科、神経科、免疫科、伝染病科の間には。そして、臨床、研究、教育などの分野間にも隔たりが存在するため、症状の一部ばかりを診てしまい、全体的に診ることが難しいことがある」と話している。そして、「患者の話の中には、診断の糸口が隠れていることが多い。それを見落とさないようにしっかり聞くことが必要だということを学生、研修医、そして医師にもしっかりと伝えたい」と、この映画に協力した思いを語ったという。この指摘は、そのまま日本の医学界にも当てはまるのではないだろうか。

原作者が来日…「病気の周知が使命感に」

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来日した原作者のスザンナ・キャラハン(中央)

 2017年12月、原作者スザンナ・キャハランの来日トークショー&試写会が東京・飯田橋の神楽座で開催され、わたくしも会場に足を運んだ。

 客席に並んだ、この病気の経験者やその家族、医療関係者らに向かって、「つらい体験をくぐり抜けて、この病気を周知していくことの目的意識を持てたことは、人生の大事な変化だった。そして、闘病中に私を愛してくれた人たちが、どんな時でもそばにいてくれるのだという確信が持てたこともうれしかった」と語りかけたスザンナ。会場の医学生から「なぜ、自分の経験を、公表しようと思ったのか?」と質問されると、「はじめて紙面に闘病記を掲載した際の反響があまりにも大きく、心がかき立てられた。最初は上司に言われて書き始めたことが、そのうち世界に周知する使命感に変わり、熱にうかされるように1年で本を書き上げた」と、イキイキと答えた。その姿は、すさまじいほどの症状が彼女を襲ったとは、とても想像ができないほど、すがすがしくチャーミングだった。

周囲の“あきらめない”気持ちが闘病を支える

 これから医師を志す人にも、ぜひ見てほしい映画だ。スザンナの手記で正しい治療が行われるようになったが、これまで、間違った診断をされて苦しんだ人々がどれほどいたのだろう。この病気に限らず、原因不明で正しい治療がされないまま、多くの病人が見過ごされている。

 闘病という光の見えない日々で、唯一の希望は、医師があきらめずに新しい発見に臨んでくれることだ。そして、スザンナの両親と恋人が教えてくれたのは、“あきらめない”気持ちで愛する人を信じることだった。(小川陽子 医療ジャーナリスト)

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ogawa_yoko_prof

小川陽子(おがわ・ようこ)
 東京生まれ。日本医学ジャーナリスト協会副会長。国際医療福祉大学大学院医療福祉ジャーナリズム修士課程修了。医療ジャーナリスト、医療映画エッセイストとして活動。“シニアによるヒップホップダンスへの挑戦”というテーマで話題になったドキュメンタリー映画『はじまりはヒップホップ』(2016年日本公開)のメンバー(平均年齢83歳)を日本に招き、湖山医療福祉グループ・カメリア会の特別養護老人ホームで交流イベントを行うなど、映画のイベントプロデュースも手がける。高齢者住宅新聞で、「ヘルスケア×カルチャー 変貌する医療と福祉」連載中。 

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2件 のコメント

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不可解な症状を読む複数の読み筋と画像診断

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

学会演題に出せそうな話を先に新聞投稿にしてもいいのかという気もしますが、公益ですから良いでしょう。 先日、不可解な症状の患者さんに相談されました...

学会演題に出せそうな話を先に新聞投稿にしてもいいのかという気もしますが、公益ですから良いでしょう。
先日、不可解な症状の患者さんに相談されました。

「金縛り」
スピリチュアルな傾向の強い方やそういう家族をお持ちの場合もあるため、その存在の有無を議論するのは避ける必要があります。(肯定も否定もなく、西洋医学医師が対応すべき事。)
西洋医学的に言って、「夜間の一過性の四肢麻痺と意識覚醒」と言うことであれば、四肢麻痺を考え、頭部や頸部のMRIで明らかな病変を除外する必要があります。
また、頭頸部に明らかな病変なく、その後の経過観察や軽度の投薬で改善がなければ、別の診断を考える必要があります。

一つは首から下のどこかに大きな異常(画像診断や血液検査などでわかる)があってそれが頭頸部に影響して異常をきたしている場合、もう一つはそれも明らかなものは否定された場合精神や生活習慣の問題からそれが発生している場合。
特に後者はなかなか難しいですが、前者が否定されるとと突然死の可能性などが減るので、本人さんの不安も和らぐと思います。

僕も画像診断を後期研修で選び、キャリアも後期研修後8年フリーと特殊で、昔から精神科や心療内科に興味があったので、こういう風に考えますが、どうしても、昔気質に不得意分野まで自分で抱え込みがちな先生も多いので、患者サイドから変化を求める声も出して欲しいと思います。

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感動的な奇跡に見える医療の現実的な話

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

諦めない気持ちで、家族や医師が人と接すること。 それはこういう1人の人間が主役の時はそうですね。 しかし、現実問題、医療は集団が集団を扱う問題で...

諦めない気持ちで、家族や医師が人と接すること。
それはこういう1人の人間が主役の時はそうですね。
しかし、現実問題、医療は集団が集団を扱う問題です。
集団になれば、現実があって、政治がある。
その中で、助からないものは助からないのですが、そのドライな論理や縦割り行政に負けて、助かるものさえ助からない状況を打破するために何ができるかというのが本当に大事なことではないかと思います。

結局、医師残業時間制限の枠も例外事項が先行しています。
地域の事情や個人、組織の事情もあるので、例外項目や過渡期の条件の策定は重要ですが、それを悪用するようなケースを想定する必要があります。
研修医過労死事件の結果の新研修医制度や専門医制度は揺り戻しがかかってますが、閉鎖的医療界の過重労働問題は、数十年後の日本の医療にさえ影響します。

理由はそういう過重労働や救急のような免罪符が与えられる状況が医療レベルの低下を黙認せざるを得ない同調圧力を医師に、患者に、住民に与えるからです。

医師は人の命を救うだけが仕事ではなく、健康やADLの改善に寄与し、助からない命にまだましな最後を提供することです。
そして、高度細分化医療の中で、個々の医師はわからないことやできないことも多いです。
そういう部分も含めて国民の理解が深まれば、個々の医師ももっと冷静に仕事ができます。

抗NMDA受容体脳炎をピンポイント診断するのは難しくても、CTでは見えなくてもMRIやPET-CTなどで見える病変が存在すること、脳の症状は他臓器に真の原因があり得ることを知っていれば、診断や治療が早く正しくなる確率が上がります。

推測ですが、主治医が脳以外も診る神経内科医で幸運でした。
MRIや病理もよく見る科であり、様々な相談相手もいることでしょう。
チームやシステムを整備すれば、同じような脳炎や難病の正診率は上がると思います。

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