産業医・夏目誠の「ハタラク心を精神分析する」
医療・健康・介護のコラム
「家売るオンナ」三軒家万智はトラウマを克服できたのか?
前回は、女優の北川景子演じる人気ドラマ「家売るオンナ」の主役・三軒家万智が受けた「心的外傷体験」とみられる「深い心の傷(トラウマ)」と、その後に生じる「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」を説明しました。今回は、三軒家がトラウマを克服できたかどうかを検証したいと思います。
トラウマ体験語り、人を動かす
「私に売れない家はありません」の決め台詞通りに、家を売りまくる天才的不動産屋の三軒家。動きの鈍い部下に対しては、髪も逆立つ恐ろしい表情で「GO―!」と有無を言わさず命令します。
一方、三軒家が自分の弱みを決して見せないかといえば、そうではありません。彼女は、両親の事故死と残された借金、家を失ったことでもたらされた絶望などのトラウマ体験をここぞという場面で率直に語っています。人の心を動かし、家を売るという目標を達成するためです。
象徴的なのが、「家売るオンナ」第7話(2016年8月放送)で、実家の取り壊しに反対して立てこもった部下の白洲美加を説得する場面でした。
白洲の実家は、両親の離婚に伴い、売却されることになりました。家屋が古いため更地で売るのがいいとみられましたが、白洲は家が解体されれば自分の「思い出と居場所」が失われると反対。家を残したままでの売却を試みますが客は見つからず、結局、家は取り壊されることに。工事関係者が作業を始めようとする当日、白洲は家に鍵をかけて籠城し、「撤去ハンターイ」とメガホンで叫びます。
三軒家は説得のため、工事関係者から借りたハンマーで家の窓を破り、中へ入ります。
2階の自室で机の下にもぐった白洲を見つめ、三軒家は「私は昔ホームレスだった」と切り出すと、家族と家を失い、借金を背負った高校時代の辛い体験を語ります。
「育った家を追い出されるときのことを私は今も夢に見る……私はいまも過去に縛られている……家を失ったとき、心にあいた大きな穴を埋めるために、私はいまも家を売り続けている」
胸中を明かした三軒家は、白洲にこう言います。
「いまのあなたも同じだ。過去から自分を解放しなさい、この家をあきらめれば、あなたは解き放たれ自由になれる。あなたが自由になれば、お父さんもお母さんも安心して幸せになれる」。そして、「自分を解放しろ、心を解き放て」と命令口調で叫びます。
白洲は最初、耳を貸そうとしませんでしたが、少しずつ、力強い言葉にうたれ、机の下から出てきます。
三軒家の助言によって白洲は籠城をやめ、家の外に走り出ます。心配そうに見守っていた屋代大課長のもとに近寄り、「課長~~。解き放たれました、……壊してください……私は自由になります」と撤去を受け入れます。
深い心の傷を言語化
三軒家の白洲に対する説得を振り返ると、自分の深い心の傷を客観的に言語化できていることがわかります。三軒家が専門家によるカウンセリングを受けたかどうかはわかりませんが、トラウマをある程度、克服できている証拠と考えていいでしょう。
また、三軒家が白洲を説得した様子は、患者のやるべきことを指示するカウンセリングの手法に似ています。カウンセリングの大半は、患者の話をじっくり聞いて、両者で考える非指示的と呼ばれる手法ですが、こうすれば効果があるという方向を具体的に指示する手法です。
例えば、こんな感じです。「こうした方がうまくいきます。まず、最初にそれをしてください」、あるいは「あなたは迷いが強く、決断しにくいようですね。わたしなら、こうするでしょう。参考にしてください」。決断しにくい人、考えるのが苦手な人、行動できない人に対するカウンセリングの方法です。白洲にトラウマといえるほどの深い心の傷があったかどうかはわかりませんが、三軒家の強い指示によって暗示にかけられたように一気に動き出します。
硬い表情、急に声が出なくなる……克服できていない面も
三軒家が完全にトラウマを克服できていないと感じる場面もありました。
- 小学校時代は笑顔で明るく、クラスの人気者であった彼女。いまは硬い表情で、素直に感情を表さず、周囲から不思議な人と思われています。
- 「夫である屋代課長が浮気をしているのではないか」と疑わせる写真を白洲から見せられた直後の出来事です。顧客との面談中に、急に声が出ない(一時的な失声)状態になります。疑惑がトラウマを刺激し一時的に声が出なくなった可能性があります。(「家売るオンナの逆襲」第8話(2019年2月放送))
家を失うという「深い心の傷」を持ちながら、そこに深く関係する「家を売る」を職業に選び、高い実績をあげていることを考えれば、七割方、克服できています。そうでなければ、自分の心の傷を刺激しかねない職業にはつかないでしょう。強い心を持つ三軒家なので、おそらく専門家の力を借りることなく、自力でトラウマを克服しつつあると私は見ています。
最後に、今回のまとめ・本音トークを図の「マコトの一言」で締めくくります。(夏目誠 精神科医)
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