在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活
医療・健康・介護のコラム
食生活を通して、被災地の生活改善を目指す「栄養パトロール」
東北地方にも春の日差しが降り注ぐ季節になりました。2月18日、私は宮城県気仙沼市の南郷住宅を訪れました。風は冷たかったものの日差しは暖かく、洋服に使い捨てカイロを貼ってきたことを少し後悔しました。南郷住宅は、気仙沼市の災害公営住宅第1号の集合住宅で、「南気仙沼小学校」があった場所に建てられています。
小学校は津波の被害を受け閉校することになりましたが、敷地内には校歌碑、校門などが残されています。この集合住宅で、2018年度からある調査が進められており、私は調査員のボランティアをしています。
「食の砂漠」で暮らす人と健康問題

気仙沼・南郷住宅前で、栄養パトロールに訪れたメンバーと
「フードデザート」という言葉をご存じですか。
災害などによって地域資源やコミュニティーが希薄になったことで、生鮮食品が購入しにくく、食生活が悪化しやすい地域の課題を「フードデザート(食の砂漠)」と呼びます。
農林水産省では、2014年から買い物が不便な地域に暮らす人の健康状態について調査しており、フードデザート問題は、高齢者の健康状態や自立度を低下させる可能性があることが分かっています。
11年の東日本大震災によって、食糧調達の環境や地域と人とのつながりは大きく変わってしまいました。津波で家族を亡くして一人暮らしになったことで、食事はカップ麺などで済ませているなど、災害公営住宅に暮らす人の「食生活の質」の低下が懸念されます。このような環境にある方の栄養障害の実態を把握し、生活上の課題がある方でも自立した生活を送れるように、各機関、各職種に求められる役割を明らかにすることが、「栄養パトロール」の目的です。在宅医療助成勇美記念財団の助成を受けて、18年から調査研究が実施されています。
近くにスーパーがあれば解決する問題ばかりではありません。さまざまな生活環境で食生活に不安を持つ人、それに食生活はなんとかなっていても、心身の健康に不安がある人もいます。表に出にくい健康に対する不安に対し、医師や管理栄養士が「食」という切り口で対話し、心配ごとや悩みごとを拾い上げていきます。
「なんだか眠れない、食欲がない」と訴える人々
気仙沼市では、震災により1357人の方が亡くなりました(2018年12月31日現在)。被災した住宅は1万5815棟(14年3月31日現在)にも上り、被災者の災害公営住宅への入居が進んだのは15年1月からです。
公営住宅のキッチンにはとても大きなシンクがありますが、これは住民の意見を取り入れて、地元で取れる「カツオ」がまるまる一尾入るようにと設計されたそうです。日当たりも良く、とても良い住環境です。
しかし、「転居してからあまりよく眠れない」「あまり食欲がなくて、食事はいつも簡単に済ませている」という方も少なくありません。私たち「健康調査チーム」は、医師と管理栄養士が「体重計」と「血圧計」を持って訪問します。「久しぶりに量ったけど、思ったより体重が減っていた」という方や、血圧が高く「時々頭痛がひどい」と訴える人など、「病気や低栄養のリスクが高い人」に出会います。
このとき、対象者を質問攻めにして「調査票」を埋めることが私たちの仕事ではありません。対話を通して、聞き取った食生活から栄養状態を分析し、健康リスクが高い人を見つけたら、ご本人の許可を得て行政やしかるべき機関に連絡し、その方がなるべく健康を維持して生活を継続できるような「つなぎ役」になることです。
栄養パトロールはおせっかい?
訪問すると、インターホンでお断りされることもありますが、中には「上がってお茶でも飲んでいって」と茶の間へ通してくれる方もいます。初めて会った管理栄養士の私に、健康の悩みを打ち明けながら、涙をこぼされる方もいます。
「いろいろな災害のニュースをテレビで見ていると、震災の恐怖がよみがえり、眠れなくなる」と話す高齢女性もいました。おせっかいかもしれませんが、そんなお話を聞くと心配になり、「また会いに来てもいいですか」と尋ねるのです。
「栄養パトロール」の開発者でありこの調査のリーダーでもある管理栄養士の奥村圭子さん(医療法人八事の森 杉浦医院/地域ケアステーション はらぺこスパイス)は、「誰かの食や栄養の心配ごとを、個人の問題だけでなく地域の課題としてとらえて、より暮らしやすい地域になるよう行政などに働きかけていきたい」と語っていました。(塩野崎淳子 在宅訪問管理栄養士)
参考資料
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