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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓

医療・健康・介護のコラム

[最終回]本当は障害児に寛容な日本人の心 かよわい「命の萌芽」…みんなで包んで

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 障害や病気のある胎児や赤ちゃんに対して、私たちはどのような姿勢で臨めばいいのでしょうか? 諸外国の考え方は参考にはなりますが、それをすべてまねればいいというわけではありません。なぜならば、欧米には個人主義の伝統が確立されており、多様性を尊重する国民性があるからです。私たちは、日本の文化に合った道を進むべきではないでしょうか?

恥の文化 …「違う」ことの生きづらさ

 私の友人が米カリフォルニア州に留学したとき、公園で赤ちゃんを抱いた母親に出くわしたそうです。その赤ちゃんがとてもかわいかったので、思わず声をかけて、「男の子ですか? 女の子ですか?」と尋ねました。母親の答えは、「それは、将来この子が自分で決めることよ」だったそうです。

【名畑文巨のまなざし】
 前回に引き続き、ダウン症のはるなちゃんです。撮影した中の1カットの表情にくぎ付けになりました。なんともいえず、とても優しいほほ笑みです。世界の障害児を取材して、彼らのポジティブなエネルギーや純粋な心は、みな同じでした。でも、社会の多様性への受け入れは、進んだ国もそうでない国もあって、大人たちの意識の違いやいろいろな思惑も感じました。はるなちゃんの表情は、その全てを分かった上で、何もかもを受け入れてくれる 菩薩(ぼさつ) のように穏やかです。大事なことを気づかせてくれた気がしました。京都府にて

 この一言には、大事なことが二つ含まれています。まず一つは、性の多様性に関して寛容であり、オープンであるということ。そしてもう一つは、「自分で決める」ということの大切さです。

 私たちの文化は、協調することが美徳とされ、和を乱す行為は悪と判断されがちです。出る (くい) は打たれ、横並びであることが善とされます。己の信念に従って行動して突出すれば、ときに「独り善がり」と批判されます。反対に、誰か一人が失敗したときには、「連帯責任」などという言葉が使われます。

 また、キリスト教圏の文化は「罪の文化」、日本の文化は「恥の文化」などと評されます。欧米人が、自分の胸のうちの良心あるいは神と 対峙(たいじ) することで何が道徳的行動かを決めるのに対し、日本人の行動規範は「人から見て恥ずかしいかどうか」であるとも言われます。これは、かなり当たっているのではないでしょうか。

 実際、私たちの社会では、いったん仲間はずれにされると、かなりつらい思いをします。江戸時代には、村落の中でつきあいを絶たれる「村八分」という仕組みがありましたが、現代においても、この言葉は死語になっていません。いったい、何百年続いている言葉なのでしょうか。今でも、小さなグループが形成されると、そのメンバーは均一な意見に強く支配されがちです。異なる意見を言う人間は、そのグループからはじき出されます。

祖父母に相談しても「世間体が悪い」と

 こうした私たちの文化は、「社会の中で障害児をどう支えるか」ということと密接に関連します。

 隣近所に住む人たちの子どもがみんな元気な健常児であると、自分が妊娠している赤ちゃんに障害があった場合、それを受け入れることが難しくなります。みんなが普通に妊娠して、普通に赤ちゃんを生んで、健常な子が生まれていると、自分も同じでありたいと強く思います。自分の家族だけが特別な道を歩くことなど、とても考えられなくなります。

 また、親に相談すると、親はまったく違った観点から、孫である赤ちゃんを許容しようとしなかったりします。障害のある子が生まれると「世間体が悪い」「戸籍が汚れる」といった恥の概念が顔を出し、「うちの血筋じゃない」などと突き放されることもあります。

 カップルが授かった生命にどんな病気や障害があっても、その命をどう受け止めるかは、カップルだけで決めるべきです。祖父母に相談することは間違いではありませんが、最後は「自分で決める」ということが重要ではないでしょうか?

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは 歴史は必ず進歩する!

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは 写真家名畑文巨の子ども写真の世界

名畑文巨ロンドン展報告

ギャラリー【名畑文巨のまなざし】

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1件 のコメント

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世の中を動かすのは人の心か神の技か?

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

最近「お前は人の心がない」と言われました。 よく言われてきた気もします。 「お前が俺の何を知っているんだ」とも思いますが。 確かに、医師という特...

最近「お前は人の心がない」と言われました。
よく言われてきた気もします。
「お前が俺の何を知っているんだ」とも思いますが。

確かに、医師という特殊な職業の中の放射線科医というさらに特殊な仕事を選んでいるので、普通の人にそういう風に思われるのも仕方ないです。
画像診断は普通の人が何時間かけても分からないものを、5分から30分くらいで診断し、準確定診断や、追加検査あるいは他の検査との勘案に割り振る非人間的な仕事です。
勤務時間内外の修練やリフレッシュの時間や得られた知識による別の目線を他人がどう評価するかは不明です。

さて、障害児は助けるべき命なのか、判断の線引きもグレーゾーンも幅があって難解です。
人それぞれに答えも違うでしょう。
サッカーの、タッチラインを割りそうなボールに似ています。
届かないかもしれないけど頑張るのか、無駄な動きはしないのか?
もしも届かなくても、頑張ることがチームメートや観客の心に火をつけるかもしれない。
そういう意味では、障害児のみならず、障害児医療に携わってきた人が直接間接に作り出した価値や発想をおさらいするのもいいのではないかと思います。
検査や診断あるいは他領域においてどれだけ医療社会、人間社会に貢献してきたかを。

人間社会では特定の個人や組織にスポットが当たりがちですが、誰が評価されるか時代や偶然の影響もあります。
そういうものもひっくるめて、人の心や技術の届かない神の領域なのかもしれませんが、かといって努力しないで目標達成することはまれですし、成果を持続させることはもっと困難です。。

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