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『認知症がやってきた!』著者の酒井章子さん

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疎遠だった母の介護は「まるで子育て」…『認知症がやってきた!』著者の酒井章子さん(下)

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介護はクリエイティブ

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撮影・高梨義之

 ――私は介護保険が始まる前から認知症の取材をしていますが、「自分を助けてくれそうな優しい人を見つけ出すカンは、認知症になっても衰えない」という観察眼や、「わめき散らしているときは、机の下に隠れて気分が変わるのを待つ」などの対処法には、「その通り!」とか、「なるほど!!」と、膝を連打しながらこの本を読みました。

 私は認知症とは全く縁がなかったので、母の異常な行動を前にして、最初はビクビクとおびえるしかありませんでした。ところが同居して1年もたつと、行動パターンがおおむね出そろったので、「鬼の形相で 罵詈雑言(ばりぞうごん) を浴びせてくる『悪魔ちゃんモード』」とか、「同じことを何十回も尋ねる『リピート・モード』」など、カテゴリー分けして分析することができるようになったんです。

 母を観察し、「こうすればいいんじゃないか」という仮説を立てて、実際にやってみて、効果を検証するのです。こっちも脳細胞を総動員するので、創意工夫が最大限に発揮されました。つくづく、介護ってクリエイティブだと思います。

 ――アサヨさん自身も、クリエイティビティーを発揮しています。自分の名前を書けなくなった時、様々な書き方を編み出したというエピソードには、病気の進行は残念なことなのですが、そこから新しい発想が生まれる場合もあるのだと気づかされました。

 本名の「酒井」と読みをそろえた「坂井」「佐加井」、見た目が近い「海井」「配井」ときて、ついに「世界アサヨ」となり、私も「さすがうちのママ。スケールがでかい」と感心しました。

 堅物で冗談なんて言ったことのない人でしたが、認知症になってからは、こちらの予想を超えた言動で周りを爆笑の渦に巻き込んでいるんです。この人の中に、こんな面白い部分が隠れていたんだと驚きました。認知症のおかげで前頭葉の抑制から解き放たれて、元々持っていた創造性が顔を出したのかもしれません。

「別人」になった母と新たに築いた関係

 ――若い頃は、ほとんど交流もない母子だったとのことですが、不仲だった親を一人で介護するのは、精神的な負担も大きかったのではありませんか?

 その点は、「認知症でよかった」と思いました。体の病気で母の意識がしっかりしたまま介護することになっていたら、きっと衝突してばかりで、お互いにしんどかったと思います。

 母は、認知症で人格が完全に変わりました。私にとっては、子供の頃のとにかく厳しい「鬼母」ではなく、別の人という感じです。母のことを今は「ママリン」と呼んでいるのも、私にとっては以前の母とは別の存在だったので、自然と新しい名前を使うようになったんです。

 仲良し親子だったら、尊敬する優しい母親が不潔なことをしたり、ひどい言葉で自分をののしったりするわけですから、ショックは相当なものだと思います。私の場合は、そうした精神的なダメージはほとんどなく、すべて冷静に受け止めることができました。

 私が独身だったのも、介護には好都合でした。近くに家族や親戚がいたら、「徘徊の時は、気がすむまでどこまでも歩かせる」といった私のやり方は、「事故に遭ったらどうする」と、止められていたと思います。

「一人では生きられない」と気づいた

 ――もし、アサヨさんが認知症にならなければ、親子の関係はどうなっていたでしょうか。

 大阪に引き取ることもなかったでしょうから、疎遠なままだったと思います。そのうちに母が一人で亡くなったという知らせが入って、電話口で「そうですか」なんて、淡々と話していたかもしれません。

 現実には、母との暮らしも通算30年に迫り、いつの間にか私の人生のほぼ半分を占めるまでになっていました。「18歳で家を飛び出してから、ずっと一人でやってきた」と、少し思い上がっていたところがあったのですが、母の介護で本当にたくさんの人に支えてもらって、「人は一人では生きていけない」という当たり前のことに気づかされました。

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酒井さんと暮らすマンションでくつろぐアサヨさん。認知症が進み、眼鏡をかける習慣さえも失ってしまったが、表情は穏やかだ

 ――この経験によって、自身の老後を考える上での変化などはありましたか?

 自分が認知症になったら、周りに甘えちゃおうかと思ってます。だって年寄りなんだもん。「ごめんなさい、お世話になりますね」って。

 この本を読んだ人からは、「認知症が怖くなくなった」なんて言われるので、同じように感じてくれているんでしょうね。

 でも、実は私自身は、認知症にはならないような気もしているんです。母のために認知症にいいといわれる食材でご飯を作って、規則正しい生活を送っているお陰で、健康そのものですから。

 母を介護する中で、相手が認知症でも、同じことを耳元でささやき続けると脳に刷り込まれるとわかりました。「認知症になるかも」なんて考えていたら、脳がだまされて本当にそうなってしまうような気がするので、「私は認知症にならない」と自分に言い聞かせています。

  さかい・あきこ  1959年、大阪市生まれ。大阪芸術大学卒業後、情報誌の編集者や編集プロダクション主宰などを経て、2001年に大阪・北浜で「10W gallery」をオープン。15年、母のアサヨさんとの暮らしぶりを撮影したドキュメンタリー映画「徘徊~ママリン87歳の夏~」(田中幸夫監督)が公開され、話題になった。

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