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僕、認知症です~丹野智文44歳のノート

コラム

「認知症を治す薬」、平成には間に合いそうにないけれど…

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「認知症を治す薬」、平成には間に合いそうにないけれど…

治療法を探した診断直後

 私は現在、アリセプトとメマリーというアルツハイマー病の薬を飲んでいます。どちらも認知症を治すことはできないのですが、進行を遅らせる効果があるといわれています。

 これらの薬を飲むと、眠っている間、ずっと夢を見るのです。お陰で、いくら睡眠を取っても全く休んだ気がしないのですが、薬の効果で脳の働きが活発になっていると考えると、やっぱり薬はやめられません。

 6年前に認知症だと分かった時には、何とか治す方法がないかと、必死で情報を探しました。アルツハイマー病を治したり、進行を完全に止めたりできる薬はないと分かり、まだ発売されていない新しい薬に望みをかけて、治験に参加したいと焦っていた時期もありました。

人との出会いで焦りが消えた

 現代の医学では治すことができない認知症になり、絶望のふちに沈んだ私が、生きる力を取り戻すきっかけになったのが、先に不安を乗り越えた認知症の人たちとの出会いでした。私と同じ立場の人が、周囲への思いやりを失わず、明るく力強く生きている姿を見て、自分も負けていられないと思ったのです(このことは、前のコラムで詳しく書いています)。

 さらに、当事者だけでなく、その周りの人々や医療・福祉、行政の関係者など、様々な人とつながりを持ち、一緒に活動することで、「認知症になっても大丈夫なんだ」という気持ちがだんだんと強くなっていきました。「一日も早く、薬で認知症を治せるようになってほしい」という焦りは、いつの間にか消えていました。

 私を支えてくれる「人の輪」は、まだまだ広がり続けています。今では全国各地に仲間がいるので、県外での講演に、仙台から一人で出かけることもできるようになりました。自分の中では、病気が少しずつ進行している実感もあるのですが、人とのつながりによって、私の行動範囲は広がり、「自立」がむしろ進んでいるのです。

物忘れをしても心配ない世の中に

 認知症の薬の開発には、世界中の製薬会社や研究機関がしのぎを削っていますが、治験は失敗続きです。もちろん私も新薬の誕生を願っていますが、いつできるか分からない薬をただ待つのではなく、認知症になっても安心して暮らせる社会をつくっていきたいと考えるようになりました。

 認知症でなくても、年を取れば記憶は悪くなるのだから、病気を治すのに固執することにどれだけの意味があるのかな……とも感じています。それよりも、認知症の人が物忘れをしても大丈夫なように世の中の仕組みを変えていけば、誰もが安心して老いることができるようになるのではないでしょうか。

 5年ほど前、講演活動をはじめたばかりの頃は、「認知症を治す薬を早く作ってほしい」なんて訴えていました。もしも、あの頃の自分に会うことができるなら、「新しい薬はできないまま、平成が終わりそうだよ。でも全然、心配ないさ」と教えてあげたいです。

(丹野智文 おれんじドア実行委員会代表)

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丹野智文(たんの・ともふみ)

 おれんじドア実行委員会代表

 1974年、宮城県生まれ。東北学院大学(仙台市)を卒業後、県内のトヨタ系列の自動車販売会社に就職。トップセールスマンとして活躍していた2013年、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断を受ける。同年、「認知症の人と家族の会宮城県支部」の「若年認知症のつどい『翼』」に参加。14年には、全国の認知症の仲間とともに、国内初の当事者団体「日本認知症ワーキンググループ」(現・一般社団法人「日本認知症本人ワーキンググループ」)を設立した。15年から、認知症の人が、不安を持つ当事者の相談を受ける「おれんじドア」を仙台市内で毎月、開いている。著書に、「丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-」(文芸春秋)。

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