いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓
医療・健康・介護のコラム
[障害胎児]中絶巡り割れる米、出生前診断盛んな英仏…独6代連邦大統領「人間であることに基準などない」に学ぶ
英国の「ダブルスタンダード」
イタリアやアイルランドは、伝統的キリスト教の影響力が非常に強く、アイルランドで人工妊娠中絶が認められたのは2018年の国民投票によってでした。イタリアでは、産科医の多くが自己のキャリアアップのために中絶手術を拒否しており、イタリア国内で中絶をすることは難しいのが実情です。
フランスやイギリスは、宗教よりも女性の権利に重きを置いています。出生前診断も積極的に行われています。
イギリスは、税金でNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)を運用し、国民は無料で医療を受けます。したがって、国は「費用対効果」を計算します。出生前診断にお金をかけ、障害児が生まれないようにする方が安上がりか、障害児を国で支える方が安上がりかを計算するわけです。その結果、イギリスでは、可能な限り障害児(主にダウン症)が生まれないよう、診断を行います。
ただし、もし生まれた場合には、手厚く補助します。たとえば、障害児が保育園に入園すると、その保育園には特別な追加予算が付きます。また、通常の学校に障害児が通う場合には、マンツーマンで支援員が配置されます。イギリスの、GDP(国内総生産)に占める障害者関連の公金の割合は、日本の約3倍となっています。イギリスのこうした障害者に対する姿勢は、ダブルスタンダードと呼ばれています。
学ぶべきワイツゼッカーの言葉
ドイツには複雑な歴史があります。かつて、ヒトラーの政権下でT4作戦というものが実行され、障害者たちは不妊手術を強制されたり、隔離や安楽死に追い込まれました。この反省から、戦後は、中絶に関して容認派と反対派が激しく議論してきました。その中で見過ごすことができない動きは、それまで障害のある胎児の選択的人工妊娠中絶を合法としていた法律の「胎児条項」が、1995年に削除されたことです。
ただ、これは「胎児の障害を理由に中絶を禁止」したわけではなく、「異常ある胎児の命を生きるに値しないと考えるのをやめる」という決意を表しているのです。実際には、胎児に障害が見つかると大多数の人が堕胎しているのが実情ですが、胎児条項を削除するという見識は注目に値すると思います。
「過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目となります」という演説(「荒れ野の40年」)で有名な、ドイツのワイツゼッカー第6代連邦大統領は、こう語っています。
「費用対効果の計算をして、目や耳が不自由だったり、精神に障害のある子どもを産む決心をした両親を非難中傷する人さえいます。これは人間の尊厳を尊重することへの違反であります」
「異なっていることこそ正常です。人間であることに基準などはありません」
障害があることを当事者だけの問題にせず、私たち全員にとっての「逃げることのできない共通の課題」と考えた大統領の姿勢には、学ぶべき点が多いのではないでしょうか?(松永正訓 小児外科医)
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