渡辺専門委員の「しあわせの歯科医療」
医療・健康・介護のコラム
歯の神経を抜く治療、なぜ半数がトラブル?
手探り治療か、顕微鏡で見るか
そして、もうひとつ。治療で顕微鏡を使うかどうか。20倍ぐらいの歯科顕微鏡を使うと、歯の根の中を拡大して見ながら治療ができます。顕微鏡を使わない一般的な治療では、歯の内部は見えないので、手の感覚で歯の根の中を探るわけです。
ラバーダムの動画を提供いただいた、吉田歯科診療室デンタルメンテナンスクリニックの吉田格さんは「奥歯では複数の股に分かれた根の入り口を見つけるのも顕微鏡を使わないと難しいです。私としては、きちんと治療するには顕微鏡が欠かせません」と話しています。
感染防御のラバーダムをせずに手探りで行う治療と、防御措置に加えて顕微鏡で見ながら行う治療は、まるで別モノに見えます。神経を抜く治療は難しいようで、ベストの態勢で専門医が行っても成功率は90%とされています。感染が広がったやり直しの治療となると、成功率は60%に下がると言います。感染防御や顕微鏡なしの「なんちゃって歯内療法」では、うまくいく可能性が5割前後になるのも、もっともに思えます。まるで丁半 博打 ですね。
本式の治療、なぜ広がらない?…時は金なり
大学の歯学部では、ラバーダムや顕微鏡を使った指導が行われているようですが、どうして本式の治療が広く行われていないのでしょうか。
答えは、要するにお金の問題です。顕微鏡を使う何人かの歯科医に治療時間を聞くと、1回1時間から1時間半で、1回から3、4回と話していました。1回で終わらせたいという患者の希望があれば3時間がかりもあるという歯科医もいました。顕微鏡を使うと内部が見えるだけに、きれいに感染部位を取り除こうとすると時間がかかるようです。思っていた以上に大変な治療です。
保険での設定価格は、1本ざっと6000円~15000円(うち自己負担は3割)。ていねいな治療には、合計3~4時間以上もかかるのです。「時は金ですから、現在の保険の金額で十分な治療をと言われても 辛 いところがあります」と、顕微鏡を使う歯科医は口々に言います。都心に診療所を構えていることもあるのか、自費の治療費を尋ねると、根の治療だけで5万~15万円を設定していました。自費というと、インプラントやセラミックの 被 せモノというイメージが強いと思いますが、治療の方法にも違いがあるわけです。
根のトラブルは二度と経験したくない…最初が肝心
高額な自費負担で治療を受ける患者の声を聞いてみたくて、都内でも数少ない歯内療法に特化した歯科医に患者を紹介していただいたことがあります。
「父親も自分も歯科医だ」という若い女性でした。父の治療で神経を抜いた歯の根から感染が広がって歯茎は腫れ、膿が出るまでにこじれてしまったそうです。そこで「根尖切除」と言って、歯茎を切り開いて、感染した根の先端や歯茎の組織を取り除く専門的な治療を受けて回復した経験をお持ちでした。だから、別の歯の虫歯を悪化させてしまって神経を取らなければいけなくなった時、「二度と根のトラブルは嫌だから」と治療を受けに来たと話していました。歯医者さん、あなたもか……。
先ほども触れましたが、再治療の成功率はガクッと落ちるので、最初の治療が肝心です。「こじれたら専門医に頼むのではなく、最初にきちんとした治療を受けて下さい」と歯科医たちから繰り返し言われました。
学会に専門医制度がある
どの歯科医が、基本に忠実に根の治療をしてくれるのでしょうか。日本歯内療法学会の宇井さんは「学会の専門医を選択するのもひとつの方法」と言います。ホームページで 専門医とさらに上位の指導医の名簿 を公表しています。保険か自費かという扱いはそれぞれです。動画を提供いただいた吉田さんは日本顕微鏡歯科学会という学術団体の副会長。根の治療は重要なテーマのひとつだそうです。そこでも 認定医制度 を設けています。こうした専門性を持つ歯科医に相談してもいいかもしれません。
ただ、顕微鏡を使うような本式の治療は、自費がほとんどでしょう。自費で行う最善の治療と保険治療の価格差は、高級ブランド店で陳列されたバッグと安売り店で 吊 るしてあるバッグほどの違いがありますね。バッグなら価値観の違いですが、根の治療は成功率に差が出るわけですから、割り切れないものを感じませんか。
おそらく多くの歯科医はこうした諸事情をのみ込んだ上で、望ましい治療と経営のバランスを取りながら、保険医療の中で成功率を上げるべく努力をしているのだと思います。「ラバーダムは必須ですが、顕微鏡がなくてもきちんとやれば、そう再発はしないものです」という歯科医とも会いました。言葉通りであってほしいものですが、懐事情が許すなら本式の治療を受けた方が安心です。考えてみれば、自費で白い歯にする以上に、本当は根の治療の方が大切かもしれません。根がダメになれば、上に被せたものも危ういですから。
『しない』方がいい『しない療法』?…せめて新たに歯を傷めないために
「神経を抜く歯内療法はうまくいかないから『しない』方がいいでしょ。だから『しない療法』って言うんですよ」と、虫歯外来を担当する親しい歯科大学教授が「なんちゃって歯内療法」をシャレにしていました。
しないですめば苦労はしませんよ。筆者もすでに根にトラブルを抱える身、どうするか現在進行形で悩んでいます。そこで、せめて新たに歯を傷めないために、定期的に歯科に通って、虫歯が進む前に対処するべく努めてはいます。それが歯にとってベスト、長い目で見てきっと安上がりですね。
(読売新聞記者 渡辺勝敏)
2 / 2
【関連記事】
※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。
※個人情報は書き込まないでください。