夫と腎臓とわたし~夫婦間腎移植を選んだ二人の物語 もろずみ・はるか
医療・健康・介護のコラム
「このままでは透析に。赤ちゃんは諦めるべき」…静かな分娩室 わずかだった親子の時間が私の宝物
つい先日のこと、難病申請のため東京・四谷の保健センターを訪れ、「私もあなたと同じIgA腎症なんです」と言う同世代の女性に出会った。私たちは、あいさつもそこそこに身の上話に移った。どんな学生時代を送った? 結婚は? 子どもは? 踏み込んだ会話をしても心地良いのは、境遇が似ているからだ。IgA腎症は10歳代で発症することが多く、一度悪くすると闘病生活は長い。
「うちはなんとか1人。腎臓が弱くて2人目は難しかったけど、満足してる」と言う彼女に、天使のようなお子さんの写真をみせてもらいながら、幸せのお裾分けをいただいていると、「それであなたは?」と笑顔を向けられた。
うん、私も10年前に授かったよ。夢のようなマタニティーライフでね、男の子だった――。
けれど、うちの天使はもうこの世にいない。
「わが子に会える」と楽しみだったエコー検査が…
私は結婚2年目、29歳の時に妊娠した。その当時、腎機能の状態を示す血清クレアチニンの値は0.96mg/dl。腎臓病の症状としては「軽度」と認識していたが、甘かった。
「IgA腎症合併妊娠」という診断名が付き、出産までの十月十日、産科医と腎臓内科医が連携して私の出産に臨むこととなった。選んだのは、30年前に夫が産声をあげた病院。私は「腎臓病でも母になる」と決意した。
つらいと聞いていたつわりも、私にとっては喜びだった。「母になれるよ」と、肯定されてるようだったから。夫も義両親も「もう、一人の体じゃないんだから」と、ドラマのようなせりふを言って顔をほころばせた。子どもはすくすく成長し、検診のたびに「順調です」と言われるのがうれしかった。
妊娠6か月。その日の検診は夫同伴だった。夫に息子の成長を見てもらいたかった。エコー検査は、出産前にわが子に“会える”ごほうびのようなもの。ルンルンと診察室に向かうと、初めて見る産科の女医さんが、感情を押し殺すような声で言った。
「赤ちゃんは諦めるべきです。このまま、おなかの中にいても育たないだろうし、生児が得られる保証もありません。早く決断しないと、お母さんの腎臓が悪化して、妊娠中に透析になる可能性もあります」
医師は、人工的に陣痛を起こして息子とさよならする、といった説明をしてくれたようだが、混乱してほとんど頭に入ってこなかった。すがるように夫を見ると、様子が変だ。夫は、極度のストレスで耳が遠くなり、目が見えなくなり、その場に倒れ込んだ。
1 / 2
【関連記事】
※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。
※個人情報は書き込まないでください。