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心療眼科医・若倉雅登のひとりごと

コラム

どうしようもない加齢変化 受け入れられない「分からず屋」

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どうしようもない加齢変化 受け入れられない「分からず屋」

 精緻な感覚系である視覚は、毎日毎日、当たり前のように使用しているから、加齢変化に気付きにくいのかもしれません。

 私は毎日のように患者の眼底を見ますが、若い頃には微細な色や質の変化が容易に認識できたのに、数年前から自分の視覚の感度が低下していると感じることがあります。近頃は、光干渉断層計(OCT)など眼底の断層を極めて微細に、正確に映し出す機械があるので、ついそれに頼りがちになるということもありますが、やはり加齢変化はどうしようもありません。

 しかし、私の外来に来られる患者の中には、視覚の加齢変化をどうしても受け入れられない人が、1日に1人か2人はいるものです。

「読書や手芸で、初めは見えても、すぐに見えなくなってくるから何もできない」

「長年、絵を趣味で描いてきたが、最近、見づらさがひどくて思うように描けず楽しくない。何とかしてほしい」

視力や視野は正常な値 加齢変化を「何とかならないか」

 診察で若干の加齢変化は確認できますが、視力や視野検査をしても正常な値です。もちろん、視力の値は変化していなくても、見え方が質的に変化してくる場合や、視覚の持久力が低下する可能性がありうるのですが、眼科的な治療対応策はありません。医学的に言えば、病気のうちに入らないのです。

 それでも一部の患者は、何とかならないかと、繰り返し執拗しつように訴え続けます。

 私は、できるだけその訴えを傾聴し、不都合やつらさはわかるけれども、加齢によるわずかな自然の変化で医学的には病気とまでは言えないし、機能を改善させる方策もないことを、分けて説明します。しかし、それもせいぜい2回が限度で、3回目は、分からず屋がまたやって来たと感じるようになります。

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201505_第4回「読売医療サロン」_若倉

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年東京生まれ。北里大学医学研究科博士課程修了。グラスゴー大学シニア研究員、北里大学助教授、井上眼科病院副院長を経て、2002年から同病院院長。12年4月から現職。日本神経眼科学会理事長、東京大学医学部非常勤講師、北里大学医学部客員教授などを歴任し、15年4月にNPO法人「目と心の健康相談室」を立ち上げ副理事長に就任。「医者で苦労する人、しない人---心療眼科医が本音で伝える患者学」、「健康は眼に聞け」「絶望からはじまる患者力」(以上春秋社)、「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、医療小説「茅花流しの診療所」(青志社)など著書多数。専門は、神経眼科、心療眼科。予約数を制限して1人あたりの診療時間を確保する特別外来を週前半に担当し、週後半には講演・著作活動のほか、NPO法人、患者会などでのボランティア活動に取り組む。

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