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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

コラム

18トリソミーの子は死産 1年後の妊娠も染色体異常が…「生まれてくることはあり得ない」と告げられた母の選択

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中絶をした方が悲しみが少ないのでは…

  夫婦はまたも強い衝撃を受けました。何かの間違いであってほしい。帰宅後、翔子さんはパソコンに向かって走りました。しかし、インターネットでいくら調べても、赤ちゃんと同じ染色体異常を持って生まれて来た例は一つも見つかりませんでした。こんな偶然が二度も続くことに納得がいきませんでした。そこで、いくつかの病院で遺伝カウンセリングを受けてみましたが、答えはすべて同じでした。

 翔子さんは迷いました。このまま妊娠を継続していいのだろうか。生まれてくる可能性が極めて低いとすると、この子は死産になってしまう。死産は嫌だ。前回、18トリソミーの赤ちゃんを死産で失ったときは本当につらかった。それならば、今の段階で人工妊娠中絶をした方が悲しみは少ないのではないだろうか。悩んだ翔子さんは、さらにもう一つの意見を聞こうと思い、遠路をいとわず私のクリニックにまでやってきたのでした。

「この子と少しでも長く一緒にいたい」

 これまでのすべての経緯を聞いて、私は返答に窮しました。産科の先生や遺伝カウンセラーの人たちと同じことしか言えません。そして翔子さんの口から「人工妊娠中絶した方がいいのでしょうか? だけど、この子と少しでも長く一緒にいたい」という言葉が出た瞬間、これまで多くの赤ちゃんの生死に関わり、命とは何だろうかと考え続けてきた私自身の生命観が試されているような気がしました。

 「それはやむを得ないから中絶しなさい」とも言えない。

 「命のある限り中絶してはいけない」とも言えない。

 私は、生命というものは、たとえ病気や障害があっても余りにも重いもので、一人の人間が答えを導けるものではないと改めて思い知らされました。

 結局、私は翔子さんに何か役に立つ助言をすることはできませんでした。ただ、私たち夫婦も死産の経験があり、その悲しみはとてもよく分かると伝えました。そして、「今、この瞬間にまだ赤ちゃんは生きているから、その命あることに幸せを感じてほしい」と伝え、さらに、「最終的に妊娠継続を諦めても誰も翔子さんを責める人はいない」と付け加えました。

不条理な苦しみの末、夫婦で決断

 それからおよそ1年後、私は翔子さんと再会しました。あの赤ちゃんには、結局、人工妊娠中絶を選んだことを教えてもらいました。一日でも長くおなかの中にいてほしかった赤ちゃんだけど、中絶しなければもっと大きな悲しみがやってくる。そう悟って、苦悩の末に夫婦で決めたことでした。そのことを語る翔子さんの瞳からは、ボロボロと涙が流れ落ちました。

 なんて理不尽なことでしょうか。なぜこの世にはこんな不条理な苦しみがあるのでしょうか? 私は翔子さんをどう励ましていいか分かりませんでした。

 新型出生前診断や着床前検査が語られるとき、必ず「命の選別」につながる懸念が語られます。私も懸念を抱きます。しかし、翔子さんのように「生きて生まれてくることができる命」が欲しいと思う気持ちは、誰にも否定できないはずです。悲しみの (はて) に母がわが子の命を諦めざるを得ないとき、そうした人工妊娠中絶を第三者が、「命の選別である」と簡単に切り捨ててはいけないのではないでしょうか?(松永正訓 小児外科医)

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは http://www.fumionabata.com/index.html

名畑文巨ロンドン展報告

ギャラリー【名畑文巨のまなざし】

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