本ヨミドク堂
コラム
誰もがいつかは障害者 「迷惑かけてもいい」社会に…映画「こんな夜更けにバナナかよ」原作者の渡辺一史さんが新著(下)
新刊『なぜ人と人は支え合うのか』(ちくまプリマー新書、税別880円)で、周囲の支援を受ける障害者も、社会を助けている面があることを示したノンフィクションライターの渡辺一史さん。お互いの違いを乗り越えて、豊かで成熟した社会をつくるには何が必要なのか。映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」の原作に続き、障害者の取材を通して見えた課題と、高齢化が進む中での共生社会のあり方を語ってもらった。(ヨミドクター 飯田祐子)
障害者を見て「価値がない」と思うのは、見る側に問題
――新著には、重い障害を持つ人を屋久島の縄文杉や富士山になぞらえて、「意思疎通ができない障害者に対して価値が見いだせないというのは、そう思う人の方に『価値を見いだす能力がない』のでは」という神経難病の女性の発言が出てきます。とても印象的でした。
東京で自立生活を送る海老原宏美さんが、講演会で語った言葉ですね。縄文杉や富士山は、ただそこにあるだけで何もしないのに、人はその姿に神聖性や荘厳さを感じて感動したり、勇気づけられたりする。それは見る側が、巨大な木や地面の盛り上がりに価値を見いだすことができるからだと。
僕も初めて聞いた時には、はっとしました。障害者の存在価値を疑う声に対する全ての答えが、そこにあると思いました。
――海老原さん自身も、人工呼吸器をつけた重度障害者です。自分には思いもよらない角度の鮮やかな切り口に、目が覚める思いがしました。
われわれが学校で出会う友人は、同じような境遇で育った同年代の人ばかりですが、重い障害を持つ人は、自分たちとは異なる「生の条件」とともに生きてきた分、全く違う視点や考え方を持っています。彼らは、均質な集団の中にいたら見えない風景を見せてくれる。それによって、僕たちの世界が広がり、豊かになるんです。
――元来、多様性は豊かさの源なのではないでしょうか。
共生社会というと、互いに思いやって仲良くというイメージだけど、実際は、異質な者同士が一緒に生きていこうとすれば衝突や対立が必ず起きるし、面倒臭いこともたくさんあります。その対立とか葛藤を乗り越えた後に広がる世界にこそ、真の豊かで成熟した社会があるんじゃないかと僕は思うんです。
映画の主人公になった鹿野靖明さんとボランティアの関係も、まさにそうです。みんな最初は、「なんだ、このワガママな人は」と思う。鹿野さんは人工呼吸器をつけてるのに「たばこを吸わせろ」なんて言うから、「体に良くないからダメ」と言うボランティアと押し問答になったりするんだけど、そうやってぶつかり合うことで、お互いに理解が深まります。時には衝突したり、ぶつかり合うからこそ生まれる信頼関係というものがあるんです。
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