心療内科医・梅谷薫の「病んでるオトナの読む薬」
医療・健康・介護のコラム
「お前ほどダメなヤツは見たことがない!」と上司に罵倒され不眠に 25歳男性の心を支えた「ある童話」とは?
「最近、ずっと眠れない日が続くんです」
F也さんは、疲れ切った表情でそう訴えた。「また今夜も、あの苦しみが繰り返されるのかと思うと、それだけで憂うつになってきます」と。
産業医である私の前にF也さんが現れたのは、1年前のこと。会社が行ったストレスチェックの結果、「高ストレス者」と判定され、面談に訪れたのである。
「毎日、よく眠れないんです。悪夢にうなされて目が覚める。仕事中もボーっとしていて、上司からも『たるんでるっ!』って、一喝されてしまいました」
F也さんは25歳の男性。大学の工学部を卒業し、IT企業に就職した。エンジニア希望だったが、営業職に回され、もう2年になる。上司は典型的な体育会系の人で、「受注できるまで、押して押して押しまくれ!」と部下を 叱咤 激励するタイプ。冷静に物事を進めるF也さんにとって、苦手な人物だった。
プログラミングと違い、いろいろ工夫し努力しても、思ったような成果が出ない。上司には「おまえほどダメなヤツは見たことがない!」と、毎日同僚の前で罵倒され続ける。
「自分は本当にダメな人間ではないのか?」「まわりに迷惑をかけ続けているだけではないのか?」。そう思い悩むうちに、彼の症状はどんどん悪化していったのだ。
「本人を高く評価してくれる集団」に入ること
産業医として、私は、F也さんに心療内科の受診を勧めた。きちんと診断してもらって、治療を受けること、自分だけの「主治医」を見つけることが大切だと話した。
さっそく、近くの心療内科に行くと、「適応障害」の診断書が出て、F也さんは1か月の休職に入った。このままの状態で働いていては、本格的な「うつ病」になると判断されたのだ。
仕事から解放されて気持ちが楽になり、軽い睡眠剤の効果もあって、ずいぶん元気になった。復職のための産業医面談に現れたF也さんに、私は異動を勧めた。
同じ部署に戻れば、また症状が再発しそうだったからだ。
「でも、やりのこした案件もありますし……。何より、途中で投げ出したら、自分を鍛えることもせずに逃げ出すクセがつきそうで、イヤなんです」
生真面目で誠実な人柄。だからこそ、すべてを背負い込んで悩んでしまうのだろう。そこで、こんな話をしてみた。
「『みにくいアヒルの子』って童話がありますよね? デンマークの作家・アンデルセンが書いた物語。「みにくいアヒルの子」とまわりから言われ続け、家族から追い出され、あちこちでしいたげられて、ついに自殺を考えるまでにいたる主人公の話。こうした『いじめ』による病状を治すために、『認知行動療法』という治療法がよく行われます。『自分はダメな人間だ』っていう『認知のゆがみ』を修正するために、例えば毎日日記をつけてみる。感じ方、考え方があまりにも否定的だったら、そうではないというふうに考え方を改めるんです。これが『認知療法』と呼ばれる方法です。『アヒルの子』に認知療法を行うというのはどうでしょう? あなたは醜くない。だからもっと自信をもちましょうって」
「うーん。本人も多少は納得するかもしれないけど……。でも、この話の結末って、確か白鳥の群れに入って、『何て美しい白鳥の子でしょう!』って認められるんですよね?」
「そう。『本人を高く評価してくれる集団』に入ることによって、自己評価、つまりは自信を取り戻してゆくという話。自分の考え方を変えるという『認知療法』よりも、こうした『行動療法』の方が有効な場合も、結構あると思うんですよ」
「なるほど。自分の能力が評価されない場所で頑張るより、得意分野が生かせる『居場所』を探すのもあり、なんですね」
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「虎の子と猫の子はよく似ている」と言いますが、上司や同僚による評価には、その評価能力や人間関係、利害関係が絡みます。 もちろん、過大評価されるこ...
「虎の子と猫の子はよく似ている」と言いますが、上司や同僚による評価には、その評価能力や人間関係、利害関係が絡みます。
もちろん、過大評価されることもあれば、過小評価されることもありますが、承認欲求の強い人ほど自己評価が高く、他人の評価が低くなるので、距離感や関係性は難しいものがあります。
本音と建て前の使い分けも大事ですが、そういう部分に優れた知人が周りにいなければ、本とか雑誌とかから学んでいく必要もあります。
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