「良い」受精卵のみを選別 全染色体情報を調べられる着床前スクリーニングは福音なのか?

 出生前診断をおこない、胎児に病気や障害があれば人工妊娠中絶をする……。こうした考え方に対して、倫理的に問題があると考える人もいれば、それの一体どこが悪いのかと考える人もいるでしょう。中絶を避け、なおかつ、健常な子どもを授かるためには、ある一つの診断法があります。それが着床前診断です。

始まりは「副腎白質ジストロフィー」の予防

 着床前診断は、1990年にイギリスから初めて報告されました。

【名畑文巨のまなざし】
これまでに何度かご紹介したミャンマーのダウン症の赤ちゃんです。蚊帳の中で眠る健やかな寝顔は天使のようでした。ミャンマーは民主化されて間もないこともあり、まだ福祉が行き届いているとはいえない状況で、人々の障害への意識も高くないと感じました。でも、取材したご家族は、みんなわが子をしっかりと受け止めていて、いっぱいの愛情を注いでいたことに感銘を受けました。ミャンマー・ヤンゴン市にて

 男性か女性かは染色体の違いで決まります。男性は性染色体(性別を決定する染色体)のXとYを持っています。一方、女性はX染色体を2本持っています。男性の精子にはXかYのどちらかが持ち込まれます。卵子にはXしか持ち込まれませんので、卵子が受精すれば、XXとXYが生まれる可能性は2分の1ずつということになります。

 X染色体には1000を超える遺伝子が乗っているとされています。そしてこの中に、何か病気を起こす遺伝子が含まれていると、男性にのみ病気が表れます。

 たとえば、副腎白質ジストロフィーという病気があります。発症年齢は、小児期から成人までさまざまです。脳と副腎に異常が表れ、性格の変化や知能の低下などが起こり、発症して2年くらいで寝たきりになり、やがて命を失います。この病気の原因となるALD遺伝子はX染色体上に乗っています。

 女性のX染色体は2本あります。1本のX染色体にALD遺伝子の異常があっても、もう片方のX染色体は正常ですから、この女性は保因者にとどまります。そして、この女性が結婚して子どもをもうけると、女児が生まれる場合は2分の1の確率で保因者になります。男性はX染色体が1本しかありませんから、その1本にADL遺伝子の異常があれば、必ず副腎白質ジストロフィーを発症します。つまり、保因者の女性が産む子どもが男児の場合、2分の1の確率で副腎白質ジストロフィーとなるのです。

 イギリスの研究グループは、副腎白質ジストロフィーの保因者である母親の卵子と、健常な父親の精子を採取して、体外受精をおこないました。受精が成立し、受精卵ができます。受精卵が分裂をくり返し、細胞の数が増えていきます。そして、細胞の数が6個から8個くらいに増えたタイミングで、細胞を1個だけガラスピペットで抜き取るのです。

 この細胞が「着床前診断」の検査対象になります。

女児と判断できる受精卵だけを子宮へ

 研究者たちは、Y染色体に固有の遺伝子配列が、この細胞の中に含まれているかを調べました。もし、Y染色体が含まれていれば、その受精卵は男児であり、将来、2分の1の確率で副腎白質ジストロフィーを発症します。そのため、その受精卵は破棄し、女児と判断できる受精卵だけを母親の子宮内に戻し、着床させたのです。つまり、確実に男女を生み分けることで、副腎白質ジストロフィーの発症を防いだわけです。これが着床前診断の始まりです。

日本では「重篤な症状を呈する遺伝病」に許可

 1990年以降は、遺伝子や染色体を解析する技術が飛躍的に進んだため、着床前診断の内容も変化していきました。日本産科婦人科学会が産科施設に強い規制をかけ、1例ずつ、その妥当性を検討しながら、着床前診断の許可を与えています。

 具体的には、極めて重篤な症状を呈する遺伝病を対象疾患としています。私が書いた『呼吸器の子』という本の中に、ゴーシェ病という疾患の子が出てきます。体中の細胞で糖脂質を分解できないため、様々な臓器に糖脂質が蓄積されます。ゴーシェ病のうち、急性神経型では赤ちゃんの頃から脳が冒されるために、徐々に呼吸が弱り、やがて停止してしまいます。原因となる遺伝子は1番染色体に乗っています。このお子さんの場合、両親がそれぞれ原因遺伝子の保因者でした。

 もし、この両親が着床前診断を希望すれば、学会の認可が下りるはずです。受精卵の一部の細胞を取り出し、PCRという技術でゴーシェ病急性神経型の原因遺伝子を増幅させ、異常がないかどうか調べれば、病気のない受精卵だけを子宮に戻すことができます。

3回以上繰り返す習慣流産にも

 もう一つ、着床前診断の対象になっているのが習慣流産です。3回以上、自然流産を繰り返すことを習慣流産と言います。習慣流産の原因は多岐にわたりますが、そのうちの一つは、夫婦のどちらかに染色体の「均衡型転座」があることです。

 均衡型転座とは、別の二つの染色体の間で、部分的に染色体が入れ替わっている状態を言います。これ自体は病気を発症しません。染色体が入れ替わっているだけで、欠けた部分があるわけではありませんから、100%の量のタンパク質が作られるからです。しかし、転座を起こしている染色体が1本だけ子どもに受け継がれると、作られるタンパク質の量は50%に減ってしまいます。これを不均衡型転座と言います。胎児の不均衡型転座は、流産の原因になります。

 受精卵が不均衡転座になっているかどうかは、FISH(フィッシュ)という技術を使って調べることが可能です。転座を起こしている周辺の遺伝子を目印として蛍光色素を付け、染色体分析をおこなって蛍光色素を光らせれば、染色体の過不足が目印の数によって判定できるのです。

着床前スクリーニングでダウン症の受精卵は…

 以上の二つの検査は、着床前診断の例です。これらに加え、現在、新たな動きがあります。日本産科婦人科学会は、受精卵のすべての染色体情報を調べる「着床前スクリーニング」=PGSの臨床試験をおこなっています。

 試験の対象は、3回以上の体外受精で妊娠しなかった女性と、2回以上自然流産を経験した女性です。カップルに不均衡転座があるかどうかは関係ありません。受精卵を取り出して、アレイCGHという方法で、すべての染色体のゲイン(数が増えている)、あるいはロス(数が減っている)を一気に調べてしまいます。そして、異常のない受精卵を子宮に戻し、着床させるのです。ダウン症の受精卵は21番染色体にゲインがありますから、子宮に戻されません。

 なお、専門的な話になりますが、着床前スクリーニングのPGSという略称は、PGT-A(着床前の胚の染色体の異数性のテスト)という言葉に変わりつつあります。また、受精卵から細胞を採取する時期にも変更が加えられ、アレイCGHも次世代シークエンサー(遺伝子の塩基配列を従来の方法よりも桁違いのスピードで読み取る装置)に取って代わられようとしています。

選別は正しいことなのか?

 海外では流産を防止する目的で広くおこなわれていますが、日本ではデータが不足しているために、学会は臨床試験という形で有効性を調べようとしています。確かに流産の率は下がるかもしれませんが、妊娠率が上がるかは、まだ分かっていません。

 着床前診断や着床前スクリーニングは、人工妊娠中絶を避けられるという面は確かにありますが、受精卵も生命と考える人にとっては許容できるものではありません。また、スクリーニングによって「良い」受精卵を選別しようと考えることが正しいことなのか、個人によって判断が分かれるでしょう。

 現在の遺伝子解析技術は日々、進歩しており、妊婦から採血するだけで、ハプロタイプ(染色体上の遺伝子の並びの型)の違いにより、母体由来のDNAと胎児由来のDNAを区別し、胎児の全ゲノムを読み取ることも可能になっています。この際、父親の血液情報は不要であり、父親が分からない妊娠でも胎児の全遺伝情報を読み取ることができます。

 こうした技術の進歩は、私たちの文化にとって福音をもたらすものなのか、余計なものなのか。評価が定まるまでは、あと何十年も待たなければいけないのではないでしょうか。(松永正訓 小児外科医)

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