思春期の子どもを持つあなたに 関谷秀子
医療・健康・介護のコラム
第3部 摂食障害(下) どうして彼女は「食べること」を拒んだのか
母親の教えは間違っていないが・・・・・・
「異性に興味がない」と話すA子さん。拒食症は、一見、体の問題であるかのような「太っているから痩せたい」という訴えの奥に、心の悩みが隠れていると考えられます。
ある日のカウンセリングで、修学旅行のときの話題になりました。
宿泊先での夜、クラスの友達は男の子の話題で盛り上がっていたそうです。女子中学生の旅先では当たり前の光景です。ところが、やはりA子さんはその輪には入らなかったとのことです。
「消灯時間を守らないなんてダメ。それに、男の子の話なんかくだらなくて・・・・・・」。診察室で、そう私に訴えました。
そこで、私が「A子さんぐらいの年頃の女の子たちが、男の子の話題で盛り上がるのは、普通のことだと思うけど」と伝えると、「男の子の話をするのは、はしたないことだと、ずっと母から言われてきたんです」と打ち明けました。
男の子の話をするのがはしたないなどという時代ではありませんが、話を聞く限り、A子さんの母親が教えたことが、すべて間違っているわけではありません。
ただし、A子さんは、母親からの教えを自分の世代に合った価値観へと、書き換えが進んでいませんでした。
このときのカウンセリングをきっかけに、自分と友達の違いについて、少し冷静に考えてみたのでしょう。
A子さんは、「お友達の家に比べて、どうしてうちはこんなに厳しいの?」と母親に直接聞いてみました。それに対して、母親は「私もおばあちゃんの言いつけに従ってきた。これが一番正しいのだから、あなたもそうするべきよ」と答えたそうです。
A子さんの母親が育った家庭でも、代々、母と娘の結びつきが強かったようです。いまだに、何かあると母親は祖母に相談し、その言いつけに従って生活しているのは、夫の仕事が忙しいことだけが理由ではなかったわけです。そんな母娘関係は、A子さんとの間でも繰り返されていました。
「お母さんは、自分とおばあちゃんとの関係を、私との間にも望んでいることがわかるんです。その期待を裏切ったらかわいそう。だから、お母さんの言うことを聞くしかないと思っているんです」と自分の心情を打ち明けました。
そして、「本当は嫌だけど・・・・・・」と付け加えました。
A子さんは、母親から自立することに、不安、そして罪悪感を抱いており、それが親離れを妨げているのは明白でした。
異性への興味や関心は「ないこと」に
男女を問わず、思春期には自然に性的な興味や関心が生まれてきます。A子さんの場合、それを自分で無理やり押さえつけ、母親から与えられた価値観に従って、最初から存在しないことにしていました。
しかし、当たり前のように生じてくる性的な興味や関心が「悪いことである」と決めつけられると、子どもはそのはざまで苦しむようになります。
A子さんは、思春期の同級生が持つ異性への興味を共有せずに、「はしたない」「くだらない」と切り捨てることで、自然と仲間の輪から距離を取りました。けれども、本当の自分の欲求(異性への興味)と母親からの要求(異性への興味の禁止)の間で、どうにも解決できない葛藤が起こってしまいました。その葛藤が、体重にこだわる形で表に出てきてしまい、「ちゃんと食べる」ことをやめてしまったと考えられました。
摂食障害の患者の頭の中は、食べ物のことでいっぱいになっていて、本当の悩みごとはその陰に隠れて見えにくくなる。カウンセリング中に話を聞いていても、体重やカロリーの話が続くため、それが問題の中心であるかのように見えてしまうケースが多い。人間が生きていく基本である「食べる」という行為をしなくなる背景には、「痩せたい願望」などの表層的な原因だけではなく、表面からは見えにくい心の悩みが隠れている場合が多い。それを解決することが、治療の課題となる。
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このケースは子離れできない母親の、子離れできないようにさせる深層意識に対して、本人の理解と自立、そして、遠い大学に進学を許す他の家族の理解と経済力が噛み合った幸運なケースではないかと思います。
共依存であったり、価値観の歪みの場合、本音と違う建前によって拘束力が働くこともよくあります。
それを読み解いて、建前の対処や社会制度との折り合いをつけて、自立への階段を踏ませる作業はそれこそ親になり替わる作業でもあると思いますし、成功だけではないとも思います。
実は家族だけじゃなくて、進学校の教師との意見の共有もそういう部分はあります。彼らは難関大学や医学部に放りこむのが職業ですから、そういう正義を植え付けないといけません。
だから、教師の健康診断の時に、子供たちの愚行権を尊重する部分や、確信犯でそういうことをやっている理解と現実との折り合いの話を触れることもあります。
心身がタフでない子に、いきなり高い「正しい」ハードルを与えることは正しいことではありません。
子供を不幸になる予感がしても、「時代の変化への適応という不安定」より「価値観の変更を行わない精神的安定」を望む人がいるのは仕方ないことです。
その中で、職業なり趣味でこういうことを理解できる大人がどれだけ増えるかが日本社会の基礎になると思います。
子供の自立支援のポイントが放射線防護の3原則(距離・時間・防御)に似ているのが不思議です。
普通の日本人はいきなり外国には行かないでしょう。
親も壊れない距離感と建て前を考える必要がありますし、自立に向けて学ぶべき課題を本人の意思でクリアしてもらう必要があります。
強いストレス素因であり(ストレス=悪ではありません)、一方で、重要な人間でもある親や教師。
とはいえ、子供を守ることで、その次の子供世代も守ることができます。
それが結果的に親世代を守ることにもなります。
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