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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓

医療・健康・介護のコラム

障害のある胎児の中絶は「母親の権利」なのか?…女性解放運動と水子供養ブームに見る国民感情

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中絶胎児を悼む日本人

 中絶を忌避する国民感情として、もう一つ私が注目するのは、1970年代から盛んになった水子供養です。

 隆盛になった理由は、お寺が収入を増やそうと宣伝したからだという指摘もありますが、必ずしもそうとは言えないと思います。水子供養の習慣は、実はすでに江戸時代からありました。 

 日本には古来から「 (たた) りと鎮め」の風習があります。中絶胎児を悼む風習があるのは、「世界で日本だけ」とも言われます。70年代の水子供養ブームは、日本人の琴線に触れたのでしょう。このことは、胎児の生命を尊重する母性の優しさが、日本人には強いことを物語っていると言えます。 

女性運動家と障害者団体 対話は10年を超えた

 しかし同じ頃から、アメリカを先頭に、女性の権利意識が高まっていきます。中絶が禁止されていた当時、女性解放運動「ウィメンズ・リブ」が立ち上がります。この頃のアメリカ女性は、闇の堕胎師による中絶や、当時使われていた発がん性のあるピルや、危険な女性避妊具によって、悲惨な暗闇の道をたどっていました。それが72年になり、中絶は合法化されます。つまり、女性が中絶の権利を勝ち取ったのです。

 同じ頃、日本の女性たちも立ち上がりました。政治が、先述した「経済的な理由」を中絶の要件から外そうとした時です。女性の持つ中絶の権利を守ろうとしたのです。ところが、反対意見は意外なところから現れました。脳性マヒ者らが結成した「青い芝の会」です。

 青い芝の会は、「障害胎児を中絶する権利があるのか」と、女性運動家たちを強く批判しました。青い芝の会と女性たちの話し合いは、10年以上続きました。その結果、女性たちの考え方はしだいに変化し、「産む産まないは (わたし) が決める」から、「産める社会を! 産みたい社会を!」へと変わっていきました。

 そして、優生思想にははっきりと反対を表明し、中絶の自由とは国家からの自由であり、障害児を堕胎する権利ではないという方向へ進んでいきました。この点は、明らかな日米の違いと言えます。

中絶リピーターも 生命の重さを思って

 友人の産科医から、中絶のためにくり返し産院を訪れる女性がいるという話を聞いたことがあります。望まれない妊娠というよりも、夫婦の間での不注意な妊娠です。いわゆるリピーターです。中絶は合法であるし、女性の権利として認められていることも分かりますが、生命に対する尊重の念はあってしかるべきではないでしょうか?(松永正訓 小児外科医)

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは 歴史は必ず進歩する!

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは 写真家名畑文巨の子ども写真の世界

名畑文巨ロンドン展報告

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