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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

コラム

障害のある胎児の中絶は「母親の権利」なのか?…女性解放運動と水子供養ブームに見る国民感情

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 赤ちゃんに病気や障害のあることを理由に人工妊娠中絶することは、法的に認められているわけではありませんが、母体保護法に設けられた「経済的理由」という堕胎罪の例外規定にこじつけて実施されています。

 では、法的に認められたケースなら、中絶は倫理的に何の問題もないのでしょうか? 法律というのは、それを破ったら社会が立ち行かないという最低限のルールであり、法の範囲の中であれば、すべて倫理的に正しいというわけではありません。その一方で、「中絶するか否かを決めるのは女性(母親)の権利である」という主張もあります。

堕胎罪は空文化している?

 「経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのある」場合、日本では中絶が可能になります。たとえ年収が1000万円あっても、生活が苦しいと言えば認められてしまいます。いや、医師は、妊婦の経済的状況など実際にはたずねないでしょう。そのような実情から、「堕胎罪は事実上、空文化しているのだ」という指摘もあります。

【名畑文巨のまなざし】
 以前にもご紹介した英国のダウン症のセブくん、実は、彼は大手百貨店の広告モデルに採用されていて、英国では有名人です。お母さんが「どうして広告のモデルは健常児ばかりなの?」と違和感を抱いたことをSNSでつぶやいたことから、同調する人たちのシェアが瞬く間に広がり、それを見た百貨店から連絡があってCM出演に至ったのだとか。英国は、障害やLGBTなど多様性への意識が高いとは聞いていましたが、この話にはびっくりでした。英国バース市にて

 「空文化しているならば、堕胎罪そのものをなくした方がいい」という意見も出てきます。日本の女性解放活動家たちも、それを目指した時期がありました。

 しかしそれは、今に至るまで実現していません。なぜでしょうか?

時代により態度を変える「政治」

 政治を行う側は、時代によって中絶に対する態度を変えてきています。戦後は人口を減らす目的で優生保護法を導入して中絶への道を開き、労働力の確保が必要とされる高度成長期には中絶を制限しようとしました。このときは、「日本は今や豊かになったのだから」と、経済的な理由による中絶を禁じようとする動きもありました。しかし、これも実現していません。「女性の権利としての中絶」を、禁じる方向には向かわなかったのです。

 ただし、堕胎罪を廃止することも、またできませんでした。少子化問題がこれだけクローズアップされる現在において、政治が簡単に堕胎罪廃止に向かうことはないでしょう。

呼吸していないが、心臓は動いていたわが子

 しかし、これは政治だけの問題ではないと思います。やはり、多くの国民が中絶に対して良いイメージを持っていないことに理由を求めることができるのではないでしょうか?

 私は『A Child is Born 赤ちゃんの誕生』(あすなろ書房)という写真集を持っています。子宮内の胎児の姿を、特殊な撮影法で、早期の段階から時間の流れに沿って記録したものです。こうした写真集は1960年代から出版されています。胎児の生命を何よりも尊いと考える写真家たちが、「可視化された胎児」を写真によって大衆に提示し、「胎児は生きている」というメッセージを放ったのです。 

 この写真集を見ていくと、私は職業柄、どうしても22週あたりの胎児の写真で手が止まってしまいます。わが国の法律では、22週までであれば中絶が認められています。しかし、この写真を見れば、20週の胎児も「完成した赤ちゃん」だと、誰しもが思うでしょう。

 少し専門的なことを書くと、妊娠11週までを初期中絶と言い、その手段は「 掻爬(そうは) 」です。つまり、子宮の中を () き出してしまうのです。一方、12週から21週までを中期中絶と言い、「分娩」という形式を取ります。つまり、お産です。陣痛促進剤を使って無理やり産ませるわけです。強い痛みを伴いますし、当然のことながら分娩の後、女性に喜びはありません。私の友人の産科医には、「こんなに (むな) しいことはない」と言う人もいます。

 22週未満の赤ちゃんは、肺が成熟していませんから子宮の外では生きられません。つまり、体外での生存限界が22週であり、22週未満を「親の付属物」と考え、22週以降を「独立した命」と考えるのです。

 そうは言っても、分娩で出された胎児が「死産」という形で埋葬されるのは、やはり痛ましいことです。

 私たち夫婦の第2子は死産でした。24週で突然、破水が起こり、分娩に進んでしまいました。生まれた女児は620グラムでした。連絡を受けて、手術室にいた私は大急ぎで産院に駆けつけましたが、産科の医師から「死産でした」と告げられました。赤ちゃんに会ってみると、確かに呼吸はしていませんが、まだ心臓は動いていました。

 中期中絶された胎児も、同じような形を取ります。心臓は動いていますが、呼吸はしません。ちょっと情緒的な表現をすれば、窒息して命が絶えるのです。

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは http://wallaby-clinic.asablo.jp/blog/

名畑文巨(なばた・ふみお)

1958年、大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは http://www.fumionabata.com/index.html

名畑文巨ロンドン展報告

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