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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓

医療・健康・介護のコラム

法で認められない病気や障害のある胎児の「選択的人工妊娠中絶」 では、なぜ現実に行われているのか?

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 前回のコラムで、新型出生前診断で胎児に染色体異常があると分かると、90%以上の頻度で人工妊娠中絶が行われていると書きました。病気の赤ちゃんを () ろすことを、医学的に「選択的人工妊娠中絶」と言います。読者のみなさんは、これを当然と思いますか? 実は、選択的人工妊娠中絶は法律で認められていません。

今も存在する堕胎罪 例外規定は…

 日本には現在でも「堕胎罪」(刑法212~216条)が存在していることは、あまり知られていないようです。堕胎という行為は犯罪になるのです。確かにそれは正しいかもしれません。カップルの間に赤ちゃんができて女性が産むつもりでいるのに、男性が出産に反対し、女性に対して薬物や外力を使って赤ちゃんが流産となったら、罪に問うのは理にかなっています。

【名畑文巨のまなざし】
ポジティブエナジーズ(その17) 世界をめぐり撮影したダウン症の子どもたちは、みなポジティブなエネルギーにあふれていました。ミャンマーのダウン症の赤ちゃん(中央)、とても元気でパワフル。大家族が住むご実家でも、イタズラしては笑顔を振りまき、みんなのアイドルです。撮影の最後には、婚礼用の貸衣装店を営むご実家の前で、みんな一緒に撮りました。ミャンマー・ヤンゴン市にて

 ですが、この法律には例外規定があります。それが母体保護法です。同法の14条に基づき、「妊娠の継続又は 分娩(ぶんべん) が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」と、「暴行 () しくは脅迫によって又は抵抗若しくは拒絶することができない間に 姦淫(かんいん) されて妊娠したもの」は、指定医師による人工妊娠中絶が許されています。

 これもまた当然でしょう。父親の分からない妊娠や、未婚の妊娠、あるいは不倫の末の妊娠などで男性が責任を取らないとき、女性にとって、子どもを育てていくのが経済的に困難なケースは多いと考えられます。こうした望まれない妊娠では、経済的理由による人工妊娠中絶が法的に認められているのです。性犯罪によって女性が妊娠してしまった場合に認められているのも、当然と言えましょう。

議論の末、追加されなかった「胎児条項」

 では、胎児に病気があると分かった場合の人工妊娠中絶はどうなのでしょうか?

 それが認められるとは、母体保護法に書かれていません。しかし、これまでまったく議論されてこなかったわけではなく、母体保護法に改称される前の旧優生保護法に「胎児条項」が追加されそうになったことがあります。その内容は、こういうものです。

 「胎児が重度の精神又は身体の障害の原因となる疾病又は欠陥を有している (おそ) れが著しいと認められるもの」を人工妊娠中絶の適応に加える――。

 この胎児条項は、政治の場でも市民の間でも議論になりました。日本脳性マヒ者協会「青い芝の会」は、胎児条項に強く抗議しました。「疾病のある胎児が人工妊娠中絶の対象になれば、次は自分たちが殺されかねない」と青い芝の会のメンバーたちは考えたのです。

 そして議論の末、胎児条項が優生保護法に書き加えられることはありませんでした。この改正案は廃案になったのです。1972年のことです。この議論の経過を踏まえるのであれば、現在でも胎児の「疾病や欠陥」を理由に妊娠を中絶することは法的に認められていないということになります。

病気の赤ちゃんが生まれたら、母体の健康を害する?

 ところが、実際には「疾病や欠陥」のある胎児の人工妊娠中絶は普通に行われています。どういう理屈でしょうか?

 理屈はありません。病気を持った赤ちゃんが生まれたら「身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害する」という「こじつけ」がまかり通っているからです。

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは 歴史は必ず進歩する!

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは 写真家名畑文巨の子ども写真の世界

名畑文巨ロンドン展報告

ギャラリー【名畑文巨のまなざし】

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