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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓

医療・健康・介護のコラム

法で認められない病気や障害のある胎児の「選択的人工妊娠中絶」 では、なぜ現実に行われているのか?

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先天性風疹症候群の子 生まれると産科医の責任に

 そのような人工妊娠中絶に関して、産科医の立場を難しくしているのが「先天性風疹症候群」の問題です。

 産科医が妊婦の風疹感染に気付かずに、先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれてしまうと、産科医は責任を問われます。先天性風疹症候群とは、妊娠初期に母親が風疹に感染することで、赤ちゃんが白内障・難聴・心奇形などを持って生まれてくることを言います。では、先天性風疹症候群の赤ちゃんが生まれてこないようにするためには、どうすればいいのでしょうか?

 もちろん、ワクチンによってこの世から風疹ウイルスを排除してしまうのがベストですが、現実には、そうした可能性ある赤ちゃんに対して人工妊娠中絶を許しているのが司法の考えです。

 胎児条項が法律に存在しないにもかかわらず、先天性風疹症候群に 罹患(りかん) していると考えられる胎児に対しては、人工妊娠中絶の機会を与えないと責任を問われることもあり得るのですから、産科医の立場は非常に過酷だと言えます。

ダウン症の子出産後 医師を訴え

 2011年には、函館で次のような裁判もありました。

 41歳の妊婦が、ダウン症を心配して羊水検査を受けました。結果は陽性、つまりダウン症でした。ところが産院の院長は、結果を間違って両親に伝えてしまったのです。その結果、当然、母親は赤ちゃんを産みます。生まれた赤ちゃんには病気があり、総合病院に転院し、ダウン症であることが明らかになります。

 この赤ちゃんは、ダウン症の10%に合併すると言われる血液疾患が原因で、生後3か月で死亡します。両親は損害賠償を求めて、産科医を訴えます。もしダウン症と分かっていたら、中絶を選んだ可能性が極めて高いこと、生まれていなければ赤ちゃんは病気に苦しむこともなかったというのが訴訟の理由です。

 アメリカでは、こうしたケースを「Wrongful Birth(間違った誕生)」と言います。また、赤ちゃんの視点から見ると、自分の人生は病気の苦しみの3か月だったので「Wrongful Life(間違った人生)」ということになります。

 結局、司法はWrongful BirthにもWrongful Lifeにも、はっきりとした答えは出しませんでした。しかしながら、「両親は中絶をするかしないかの判断の機会を奪われた」として、医師に賠償を命じました。

 かつて廃案になった胎児条項に基づくような判決には違和感を覚えますが、実際にはダウン症=21トリソミーの赤ちゃんを人工妊娠中絶しても堕胎罪に問われないのですから、現状を追認した判決とも言えます。

もう一度国民的議論を

 青い芝の会が抗議の声をあげて胎児条項が廃案になってから、40年以上がたちます。あの頃と比べ、胎児診断の技術は格段に上がっています。胎児の「疾病や欠陥」を理由に妊娠を中絶することが、いいことなのか、よくないことなのか、もう一度国民的な議論が必要な時期に来ているのかもしれません。そのためには、私たち一人ひとりがこの問題に対して、熟慮することが大事なのではないでしょうか。(松永正訓 小児外科医)

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは 歴史は必ず進歩する!

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは 写真家名畑文巨の子ども写真の世界

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