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僕、認知症です~丹野智文44歳のノート

コラム

テーブルにヘビが出た!…VRで認知症の人になってみる

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よみがえる思いに涙あふれて…

 昨年だったと思いますが、同社社長の下河原忠道さんから、「丹野さんをモデルにした作品を作りたい」と持ちかけられました。私は、「いいさー。でもアルツハイマーの症状は、100人いれば100通りって言われるくらいバラバラだから、症状のVRを作ることはできないよ」と答えました。そこで、症状にスポットを当てるのではなく、私が認知症と診断されてからの人生を疑似体験できるような内容にすることになりました。

 私の話を元に、下河原さんがシナリオを作りました。2人で何度もやりとりして手直しを重ねたおかげで、実際の場面をかなり忠実に再現することができました。

 映像は、大学病院の診察室から始まります。そこで医師に「若年性アルツハイマー型認知症」と告げられるのです。それを会社の社長に報告すると、「体は動くんだろ? 仕事はあるから戻ってきなさい」と言われたことや、学生時代の部活の仲間の言葉に励まされたことなど、この5年余りの間に私の身に起きた様々な出来事が、約20分間に凝縮されているのです。

 「丹野智文物語」というストレートなタイトルをつけてくれました。完成し、初めて見た時には、絶望と不安、落胆や喜び、希望、安心感など、その時々に抱いた様々な思いがよみがえってきて、涙があふれ出すのを抑えることができませんでした。

 専用のゴーグルとヘッドフォンのセットをもらったので、自分のスマホをセットすれば、いつでも体験できます。妻にも見せると、「私の役を演じている女優さんがきれい!」と、喜んでいました。

「丹野智文物語」の中で学生時代の仲間に囲まれる場面。手前中央の席に座って、飲み会に参加している感覚になります。左右を見渡すように首を振ると視界も一緒に動くので、一人ひとりの表情がよく分かります(シルバーウッド提供)

皆が「丹野智文」になってみたら…言葉より伝わった!

 この作品は現在、福祉の専門職だけでなく、一般市民や学生などを対象にした研修でも使われています。体験した人たちに感想を聞くと、「人とのつながりの大切さを実感しました」「丹野さんがいつも笑顔なのは、周りの人たちの絆に支えられているからなんですね」なんて言われます。私が一番言いたいことが、言葉で説明するよりもしっかりと伝わっているのです。

 映画やドラマでも、登場人物に感情移入することはありますが、あくまで他人を見る視点です。ところがVRでは、自分自身が認知症の人になるのです。当事者の思いを知るのに、これ以上の方法はないんじゃないでしょうか。

まだ続く私の物語

ルミエール・ジャパン・アワードの表彰式で。向かって右が、「丹野智文物語」を企画・制作した下河原忠道さん

 このVR作品が、先進的な映像コンテンツに贈られる「ルミエール・ジャパン・アワード2018」の特別賞に選ばれ、東京都内で開かれた表彰式に私も出席しました。認知症について当事者の視点で考えることの意義を評価してもらえたように思い、うれしかったです。

 作品がいったん完成した後も、現実の世界では、私の活動の広がりとともに新たな出会いが日々、生まれています。そうした新しいエピソードを追加して、作品をバージョンアップしていく計画が、来年からスタートするようです。

 私の人生とともに、「丹野智文物語」も続いていくのかもしれません。この先、どう展開していくのかは私自身にも分かりませんが、わくわくする出会いがたくさんあるといいな、と思っています。(丹野智文 おれんじドア実行委員会代表)

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丹野智文(たんの・ともふみ)

 おれんじドア実行委員会代表

 1974年、宮城県生まれ。東北学院大学(仙台市)を卒業後、県内のトヨタ系列の自動車販売会社に就職。トップセールスマンとして活躍していた2013年、39歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断を受ける。同年、「認知症の人と家族の会宮城県支部」の「若年認知症のつどい『翼』」に参加。14年には、全国の認知症の仲間とともに、国内初の当事者団体「日本認知症ワーキンググループ」(現・一般社団法人「日本認知症本人ワーキンググループ」)を設立した。15年から、認知症の人が、不安を持つ当事者の相談を受ける「おれんじドア」を仙台市内で毎月、開いている。著書に、「丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-」(文芸春秋)。

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