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身体拘束(下)精神科病院 信頼関係を重視

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拘束削減目標に 家族と情報共有

身体拘束(下)精神科病院 信頼関係を重視

点滴をつるす台を使わず、壁にテープで留める。事故を防ぎ、拘束を減らす工夫だ。左奥は今井さん(写真は保護室での様子を再現)=奥西義和撮影

 精神科病院の身体拘束は、100年以上前の草創期から存在した。「拘束が原因で死亡した」とする遺族の声や体験者の証言が相次ぎ、近年、社会問題化している。拘束の大幅削減を達成した東京都立松沢病院(世田谷区、898床)を訪ねた。

 午後10時過ぎ。1階の救急処置室。40歳代の男性がパトカーで連れられてきた。統合失調症の幻聴症状が悪化し、興奮が収まらない。声をあげ、警察官の手も振り払って暴れる。男性は、これまでも何度か他人に暴力をふるうことがあった。

 精神保健福祉法に基づき、「緊急措置入院」となった。患者が自分や他人を傷つける恐れがあり、緊急な対応が必要な場合、本人の同意を得ずに強制的に行う。精神保健指定医1人の判断で、72時間を限度に入院させる。都の制度では夜間や休日の急患が対象。松沢病院は都内全体の約3割を受け入れている。

 同法は、限られた非常時での拘束を条件付きで認めている。だが、この日、男性が処置室や精神科救急病棟(82床)の病室で、手足を縛られることはなかった。

 精神科医の今井淳司さん(41)は、1時間近くかけて男性の訴えに耳を傾けた。男性は落ち着き、渋々と納得して抗精神病薬の服用に応じた。翌日、治療することを受け入れて転院した。「身体拘束は患者さんと医療者との信頼関係を損ない、逆に治療や回復を妨げてしまう」と今井さんは言う。

 拘束の削減に取り組み始めた2012年、松沢病院は緊急措置入院の患者299人のうち202人(68%)を拘束していた。しかし、16年には、その数を344人中わずか8人(2%)に激減させた。現在も同じ水準だ。

 緊急措置入院の現場ばかりではない。慢性期も含めた入院患者全体の2割弱を拘束した11年時点と昨年を比べると、拘束を行った1日の平均人数は88%減少した。拘束帯の使用が83%、ミトン型の手袋の使用が86%減り、車いすにベルトで固定する拘束は昨年、ついに皆無になった。

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 変化の背景に何があったのか。12年5月、大会議室で開かれた着任のあいさつで、斎藤正彦院長が職員に問いかけた。「患者を拘束した状態で、まともな精神医療ができると思っているのか」。2割が反対、2割が賛成するなか、病院は減らすことができる拘束の削減に向けて始動した。

 どうすれば拘束しないで済むかを、病棟で繰り返し話し合った。例えば、緊急措置入院の現場では、鎮静後の患者に点滴をする。目覚めた後にチューブを引っ張り、点滴台が倒れてけがをしないようにと拘束してきた。医師も看護師も、それが患者の安全を確保する方法だと考えていた。

 患者が緊急入院する精神科救急病棟などでは、点滴を粘着テープで壁に貼ることにした。狭い保護室で便器に頭を打ちつけそうな患者がいれば、インターネットの「お急ぎ便」でクッション便座シートを取り寄せた。窓枠などの角につけるクッションを買いに、今井さんが100円ショップに走ることもあった。個々の患者にあわせた手作りの試行錯誤を続け、成功体験を積み上げた。

 興奮が激しい患者の姿を家族に見せない慣習も改め、保護室内での面会も認めた。丁寧な説明を心がけると、患者の怒りや興奮、家族の不信感がずっと和らいだ。

 「身体拘束の削減は、医療者側の常識や思い込みを崩していく作業だった」と、今井さんは振り返る。

 認知症病棟では、「縛らない同意書」を用いた。拘束で認知症が進行しかねないことを伝え、患者の状態や転倒などのリスクの情報を家族と共有したうえで同意してもらう。法的な拘束力はない。反対する家族はほとんどいなかった。同病棟では原則、拘束がなくなった。

 病院の敷地に、日本の精神医学の基礎を築いた呉秀三氏の胸像がある。呉氏は1901年、松沢病院の前身、巣鴨病院の医長就任後すぐ、手足のかせや拘束衣の使用を禁じた。監禁や拘束を当然のように受ける日本の患者の姿を、「 この 病ヲ受ケタルノ不幸ノ他ニ、此 くに ニ生マレタルノ不幸」の二重の不幸を併せ持つと嘆いた。

 しかし、戦後、精神病床が世界で類を見ない33万床超に激増したこの国に、呉氏の理念は根づかなかった。拘束される患者数は2013年に初めて1万人を超え、10年間で2倍近くに増えた。診療報酬が手厚い精神科救急病棟の増加などが理由とみられる。欧米諸国に比べ、患者の拘束時間も突出して長い。

 再び拘束削減を目標とした松沢病院で、今井さんは思う。拘束を減らすことは、患者と医療者の双方を助け、楽にするのではないかと。

 (この連載は、編集委員・鈴木敦秋が担当しました)

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