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身体拘束(上)介護施設「縛らない」徹底
千葉の特養 研修でお年寄りの気持ち知る
介護施設では2000年、転倒事故の防止などを理由に、利用者の手足をベッドに縛るなどする身体拘束が原則、禁止された。以来、約20年。改善が進む一方、職員の入れ替わりが激しいため、「縛らない」教育の徹底が課題になっている。
車いすで2時間が過ぎると、腰がずり落ち、腰骨が痛んだ。午前10時。タオルで固定された右の腕と足は感覚が鈍り、自分の体でないようだ。トイレに行きたくて、スタッフを目で追った。伝わらない。夕方になった。諦めに似た感情がわいた。もう動かなくていいや――と、思った。
特別養護老人ホーム「プレーゲ船橋」(千葉県船橋市)の介護福祉士、伊藤弘貴さん(21)は、今年3月、勤務初日の研修を思い出す。脳卒中で半身マヒになった人、認知症で転倒のリスクがあり、利き手と利き足を拘束されている人の状況を追体験する。お年寄りも縛られればこんな気持ちなのかと、その時、知った。
この特養の利用者は、短期入所を含めて定員100人。約7割は認知症かその疑いがある。11年の開設以来、一度も身体拘束をしていない。だが、約60人のスタッフは非常勤も含め、全員が初日にこの研修を受ける。
かつては特養や介護老人保健施設(老健)でも、身体拘束は日常的に行われてきた。00年に介護保険法で原則禁止になり、例外は、〈1〉切迫した状況にある〈2〉他に手段がない〈3〉一時的な対応である――という要件を満たし、十分確認された場合に限られた。厚生労働省は翌年、「身体拘束ゼロへの手引き」で禁止対象の11の行為を示した。漫然と行う拘束は虐待と見なされる。
こうした施策は業界に大きな変化をもたらしたが、拘束の正確な実態は今も分かっていない。
全国抑制廃止研究会が15年に行った全国調査(有効回収率26.3%)がある。拘束率(回答した日に拘束されている人の割合)の平均は、老健2.1%、特養1.5%。一方、大阪府が拘束実施状況について府内の施設に尋ねたところ、今年9月1日時点で「身体拘束ゼロ」と回答した施設数は、特養で229(全体の81%)、老健で102(同85%)。調査によってばらつきがある。
日本高齢者虐待防止学会理事で老健「大阪緑ヶ丘」事務長の柴尾慶次さんは、「拘束を認める要件の解釈にグレーゾーンがあり、漫然と拘束する施設も残っているのではないか」と言う。
そして今年4月、身体拘束を減らすため、3か月に1度以上の適正化検討委員会の開催や指針の整備、記録の徹底などを行わない施設は、介護報酬が10%減算されることになった。
怖い「諦め」
伊藤さんは、職場が明快な対策を取っていることにホッとしている。どう対応しても利用者の転倒が続く時は、「もう動かないで」と言いたくなる。初めから拘束を行う施設に勤めていたら、これが現実だと感じたかもしれない。
しかし、職場には、「拘束は仕方がない」という発想がない。転倒などの事故は必ず起きるが、減らすことはできる。家族から「事故が怖いので縛ってほしい」と求められても、しない方法を一緒に考える。現場だけで判断しない――などの理念が徹底している。「身体拘束廃止マニュアル」も整備されている。
職員も互いに相談しながら、様々な工夫を凝らす。例えば、利用者が部屋で歩くルートの家具やテーブルの位置を変え、動線を狭くして伝い歩きできるようにする。転倒を少しでも遅らせ、スタッフが気づくまでの時間を稼ぐためだ。車いすで壁にぶつかり腕にあざができた時などは、原因や状況について家族に丁寧に伝える。
利用者本人の意思に反して行う拘束の弊害は少なくない。動かなくなることで、認知症が進み、床ずれができ、体が固まる。四方を囲ったベッドの柵を越えて転倒する。ベルトで固定された車いすから降りようと、車いすごと倒れるなど、拘束が重い事故につながる危険性もある。何より怖いのが「諦め」だ。表情がなくなり、食欲が落ち、生きる意欲を失ってしまう。
そうした弊害をリアルに感じるのはなぜだろうと、伊藤さんは考える。
決して楽な現場ではない。超高齢社会が急速に進むというのに、特養のスタッフは集まりにくく、この職場でも中堅層が大幅に不足している。認知症の周辺症状( 徘徊 、興奮、暴言、暴力など)がある利用者も増えていく。それでも、この仕事が好きだ。
「誇り」という言葉が浮かんだ。「拘束をする」という選択肢がないことが、この仕事への誇りを生み、自分の専門性を高めてくれるのだと思えた。
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施設職員の誰も拘束したくてしているわけではないことを考えてください。拘束したくて施設の職員になる人がいますか? 医療施設や福祉施設で拘束がおこる...
施設職員の誰も拘束したくてしているわけではないことを考えてください。拘束したくて施設の職員になる人がいますか?
医療施設や福祉施設で拘束がおこる大きな要因は、事故や怪我をした際に施設側にすべての責任を求めて訴訟や損害賠償請求を行う家族がいる事だと思います。生きている人間が生活していくうえで怪我をする事は当たり前のことであり、怪我をする原因が施設側にある場合や職員側にある場合は責任を追及することも必要ですが、すべての責任を施設側に求め、その責任所在を施設側にする判決が出る以上は、施設側が施設や職員を守るためにやっていることだと思います。
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