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神戸出身看護師、恩師の教え守り…熊本・真備で被災者と歩む

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神戸出身看護師、恩師の教え守り…熊本・真備で被災者と歩む

避難所で子どもに話しかける山中さん(11月29日、岡山県倉敷市真備町で)=斎藤孔成撮影

 西日本豪雨の甚大な被害を受けた岡山県倉敷市 真備まび 町の避難所で、被災者と寝食を共にしながら支援を続ける看護師の女性がいる。今年7月まで熊本地震の被災地で約2年間活動し、災害後の避難生活で亡くなる「災害関連死」を多く見てきた。「みんなが元の生活に戻れる日まで支え続ける」。固い決意で避難所の環境改善に取り組んでいる。

 11月末、被災者約20人が身を寄せる真備町市場の老人福祉施設「まきび荘」。看護師の山中弓子さん(50)=神戸市出身=は「家の改修が進まない」とこぼす高齢夫婦の話にじっと耳を傾けていた。「大工さんも忙しいんかな。私もここで年越しするから、おせちを作りましょうか」。その言葉に夫婦は「山中さんの料理はおいしいから楽しみじゃわ」と表情を和らげた。

 山中さんは1995年の阪神大震災で自宅が被災。知人に誘われて避難所で救護などを手伝った。「被災者に感謝されるのがうれしかった」と振り返る。

 看護師として京都の病院に勤めていた2016年、熊本地震が発生した。「被災者のために経験を生かしたい」とNPO法人「九州キリスト災害支援センター」(本部・福岡市)の職員に転身。熊本県内の避難所で母子や妊婦らのケアにあたってきた。

 新たな転機は今年7月。西日本豪雨の大きな被害を受けた真備町に被災者支援のために入っていたセンター関係者から、「手伝いに来て」と依頼された。駆けつけた小学校は被災者約350人が通路で雑魚寝をするなどひしめき合っていた。頭をよぎったのは熊本の被災地。亡くなった約260人のうち8割が、長引く避難生活で体や心をむしばまれた災害関連死だった。

 「真備では関連死を出したくない」。まきび荘に活動の場を移すと、行政に掛け合って衛生面などの環境の改善を図るとともに、体調の異変を知らせるナースコールのボタンを複数設置。ボタンを押せば夜中でもすぐに顔を見せる山中さんを、被災者も「避難所のお母さんみたい」と信頼を寄せる。

 そんな山中さんが理想とするのは、阪神大震災の仮設住宅で被災者を見守り続けたNPO法人「阪神高齢者・障害者支援ネットワーク」(解散)元理事長で看護師の黒田裕子さん(14年に73歳で死去)だ。看護学校時代、黒田さんから「被災者が抱える問題を一緒になって考え、解決のために動くことが大切」と教えられた。今も「黒田さんならどうするだろう」と思いを巡らせながら床に就く。

 被災から5か月が過ぎ、季節は夏から冬に変わった。「避難生活が長期化しているこれからが正念場」。被災者全員を送り出す日まで、山中さんはまきび荘に残るという。

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