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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち 松永正訓

医療・健康・介護のコラム

羊水検査「ダウン症ではありません」に安堵したが、2歳4か月で…多くの障害は出生前診断で分からない

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 母体血清マーカー診断も、NT(胎児のうなじのむくみ)テストも、羊水検査も、診断の対象になる疾患は、主に21トリソミー(ダウン症)です。障害児を授かることを許容できないカップルが、こうした検査を受けるのでしょう。しかしながら、私たちの社会の中で暮らす障害児の中で、ダウン症はほんの一部に過ぎません。私はこの春、幼児教育に関する著者・講演家である立石美津子さんに長時間、話を聞きました。

不妊治療の末、38歳で宿った命

 立石さんは幼稚園・小学校・特別支援学校の教諭免許を持っています。特別支援学校の教育実習生だった頃に、彼女は重い障害を持つ子どもをたくさん見ることになります。特別支援学校には、知的な遅れがある子や肢体が不自由な子など、さまざまな障害を持つ子どもがいました。色素性乾皮症という病気を持つ子は、日光を浴びると皮膚がんになる確率が高く、また知的な遅れを伴うこともあると知りました。

 こうした生徒と交わる中で、立石さんは、「自分には障害児は育てられない」と思いました。また、「障害を抱えて生きることは本人にとって幸福なことかどうか」にも確信が持てませんでした。この教育実習期間が、彼女の障害児に対する (おも) いの原体験になっています。

 社会人となり、幼児学習塾を経営するようになった彼女に、やがて子どもを授かるときが来ます。不妊治療の末、38歳でようやく宿った命でした。今から18年前のことです。

検査のポスターには「安心をあなたの手に」

 当然のことながら、彼女は、元気な子、かわいい子、頭のいい子が欲しいと思いました。不妊クリニックの待合室で椅子に座っていると、あるポスターが目に付きました。

【名畑文巨のまなざし】
ポジティブエナジーズ(その15) 世界をめぐり撮影したダウン症の子どもたちは、みなポジティブなエネルギーにあふれていました。訪れた取材先では、できるだけご家族一緒のカットも撮影しています。子どもを撮影していくと、その子が家庭の中でどんな位置にいるのかがなんとなくわかってきて、ご家族一緒の姿も残しておきたくなってくるんです。4歳のダウン症のタンドくん、やんちゃで元気全開の男の子でしたが、その背景にいっぱい注がれている家族の愛情を感じてシャッターを切りました。とても幸せそうな写真になりました。南アフリカ共和国プレトリア市にて

 「安心をあなたの手に」

 母体血清マーカー診断の案内でした。この言葉は彼女の胸に響きました。妊娠期間中の10か月を安心した状態で過ごせるならば、こんなにいいことはない。ある意味、彼女は軽い気持ちでこの検査を受けたのでした。

 血液検査をした5日後、再びクリニックを訪れました。もちろん、「安心ですよ」と言ってもらうためにです。しかし、検査結果はそうではありませんでした。手渡された用紙には、「ダウン症の確率:80%」と印字されていたのです。

 彼女はその日、どうやって自宅まで帰ったのか覚えていません。妊娠が分かってから検査を受けるまでは、毎日がバラ色でした。ところが、街並みの色は反転し、灰色になってしまったのです。一気にどん底に突き落とされた気持ちでした。

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ダウン症なら産みたくない しかし、矛盾した涙が…

 不妊クリニックの医師からもらった紹介状を持って、総合病院の産婦人科を受診しました。ダウン症かどうかを確定させるためには、羊水検査を受ける必要があります。処置室に入って、産科医が超音波検査の探触子(プローブ)と長い針を持っている姿を見ると、彼女は涙が止まらなくなってしまいました。ダウン症なら産みたくない、しかし、命を中断させるのはつらい、そんな矛盾した涙でした。

 羊水の採取が済んで検査結果が出るまでの3週間、彼女は苦しみに苦しみました。人工妊娠中絶が可能なのは22週までです。彼女の妊娠は、すでに20週になろうとしていました。胎動も感じます。食事を取っても味が分からず、何をやっても心が晴れることはありませんでした。自分の母親からは、「障害児を産んだら、あなたが苦労することは目に見えている。本人だって、産んでほしくなかったと言うかもしれない。ダウン症だったら中絶しなさい」と言われました。

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いのちは輝く~障害・病気と生きる子どもたち

 生まれてくる子どもに重い障害があるとわかったとき、家族はどう向き合えばいいのか。大人たちの選択が、子どもの生きる力を支えてくれないことも、現実にはある。命の尊厳に対し、他者が線を引くことは許されるのだろうか? 小児医療の現場でその答えを探し続ける医師と、障害のある子どもたちに寄り添ってきた写真家が、小さな命の重さと輝きを伝えます。

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松永正訓(まつなが・ただし)

1961年、東京都生まれ。87年、千葉大学医学部を卒業、小児外科医になる。99年に千葉大小児外科講師に就き、日本小児肝がんスタディーグループのスタディーコーディネーターも務めた。国際小児がん学会のBest Poster Prizeなど受賞歴多数。2006年より、「 松永クリニック小児科・小児外科 」院長。

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて13年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。2018年9月、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)を出版。

ブログは 歴史は必ず進歩する!

名畑文巨(なばた・ふみお)

大阪府生まれ。外資系子どもポートレートスタジオなどで、長年にわたり子ども撮影に携わる。その後、作家活動に入り、2009年、金魚すくいと子どもをテーマにした作品「バトル・オブ・ナツヤスミ」でAPAアワード文部科学大臣賞受賞。近年は障害のある子どもの撮影を手がける。世界の障害児を取材する「 世界の障害のある子どもたちの写真展 」プロジェクトを開始し、18年5月にロンドンにて写真展を開催。大阪府池田市在住。

ホームページは 写真家名畑文巨の子ども写真の世界

名畑文巨ロンドン展報告

ギャラリー【名畑文巨のまなざし】

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27件 のコメント

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私も検査推奨派

なおカバ

なぜダウン症の検査のみ反対するのでしょうかね。私の子は障害児でしたがダウン症ではないので、事前に知るすべはありませんでした。事前に知ることができ...

なぜダウン症の検査のみ反対するのでしょうかね。私の子は障害児でしたがダウン症ではないので、事前に知るすべはありませんでした。事前に知ることができないこういう障害もまだあるし、知ることができるのなら、それはそれでよいことだと思います。

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障害児と健常児

みま

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長男は自閉症です。夫が高学歴だったため、小さい頃から教育しないと、と思い上がった考えを持っていました。そのためには兄弟は必要ないとも思っていました。ところが障害があると友達ができず孤立したまま。本人は求めていないし、私がどうにかなりそう。弟を出産しその後長女も出産しました。3人そろって、よくよく考えたら、本人の悩みはそれぞれに存在するということ。生きていく限り悩みは尽きない。かえって、細かい事に気がつかないから好きな事をやれるくらいの収入があれば十分幸せそうです。親も幸せの形はいっぱいあると俯瞰(ふかん)して生活をともにできると良いかもしれない。健康第一に毎日に感謝しながら静かに生きていけたら、それが一番です。

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長男も自閉症

さな

私もこの方と同じように、子どもが生まれたら早期教育をしようと思っていました。1歳くらいからぼちぼちと、と考えていた矢先、お友達と遊ばない、電車に...

私もこの方と同じように、子どもが生まれたら早期教育をしようと思っていました。1歳くらいからぼちぼちと、と考えていた矢先、お友達と遊ばない、電車に異常な興味、乗るおもちゃを与えてもいきなりひっくり返して延々とタイヤを回し続けるという行動で、言葉も一向に出ず……。1人目の子どもなので、何が普通で何が普通ではないのか分からず、その頃は家庭にパソコンが普及しておらずインターネットで調べることもできず、お医者さんもまだはっきり自閉症とまで診断できず、軽い自閉症の疑い、としか言われずにいろいろと大変でした。今、大学生ですが、本人なりに努力しているものの、なかなか単位が取れず、8年目にしてやっと卒業研究を残すのみとなりました。これからも、いばらの道ですが、本人はあっけらかんとしていて、明るく、人に優しい。あまりに言葉を知らなすぎで、こちらがイライラしてしまうことがありますが、本人は一生懸命頑張っています。

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