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優しき悪役、いじめ撲滅…プロレスラー 将火怒さん
被害体験語り「子供に勇気を」
いじめられっ子だった少年は、「強くなりたい」とプロレスラーになった。悪役レスラーとして活躍し、3年前から佐賀県でいじめ撲滅を訴える活動に取り組む。「強さ」を手に入れた今、子供たちに問いかける。「本当の強さって何ですか?」
身長1メートル83、体重110キロの巨体に、赤と紫のコスチュームを身にまとったレスラーが静かに語り始めた。「僕は昔、いじめられていたんです」。佐賀市内の小学校で開いた講演会。子供たちの視線が一斉に集まった。
いじめは小学5年の時に始まった。相手は仲良しの同級生。悪ふざけが暴力に変わった。級友らが止めに入ったが、理由のない暴力は連日続いた。
ある日、たまたま観戦に行ったプロレス会場で、その同級生に出くわし、いきなり跳び蹴りをくらった。その時、「ふざけてやるもんじゃねえ」と怒声が飛んだ。試合を終えたばかりのプロレスラーだった。ひるむ同級生を見て、強いレスラーに憧れた。
中学で不登校になり、高校は1年足らずで中退。目標もなく、「本当は何をしたいのか」と自問した時、あの時のレスラーが浮かんだ。「強い人になりたい」と思った。
上京資金をためるためアルバイトを始め、ジムで体を鍛えた。18歳の時に受けたプロレス団体の入団テストは不合格。「プロレスラーになれるのか」と不安が募った頃、成人式で再会した中学時代の友人から、「お前のお母さん、毎日職員室に来て、泣きながら帰りよったぞ」と教えられた。心配する姿を見せず温かく見守ってくれた両親は、プロレスラーになる夢をずっと応援してくれた。「この夢だけはつかもう」と決めた。
タレントとしても活躍するアニマル浜口さん(71)のジムで練習を重ね、25歳の時、デビューを果たした。その後、チャンピオンにもなり、悪役レスラーとしての地位も得た。「強さを手に入れ、ようやくつらい過去を 払拭 できた」
いじめ撲滅活動を始めたのは3年ほど前。九州での興行の際、共通の知人を通じて知り合い、交流を重ねていた佐賀市の会社員、古場英樹さん(46)に誘われた。
古場さんは友人の子供がいじめを受けていることを知り、「いじめをなくす活動を始めたい」と考えていた。「悪役レスラーだけど、本当は心優しい」と感じていた将火怒さんの顔が浮かんだ。
古場さんから「活動を手伝ってほしい」と頼まれ、「あの時のレスラーのように、苦しんでいる子供たちを助けたい」と快諾した。
ところが、活動はいきなりつまずいた。自分にできることを考えて、「いじめ撲滅プロレス」を開いたが、「ただの興行じゃないか」と批判を浴びた。
この頃、いじめられた経験は誰にも話していなかった。悪役レスラーであることが足かせになっていた。ある時、「実は、僕もいじめられっ子だったんですよ」と古場さんに打ち明けた。「それ、しゃべってみんか」と背中を押された。
初めていじめられた経験を話した講演会の聴衆は十数人。事前に何度も練習を重ねたが、反応は薄かった。それでも体験を語り続け、昨秋、転機が訪れた。
ある学校での講演会。学校側から事前に「うちでは、いじめは把握していません」と伝えられていたが、いつものように体験を話した。講演後、「自分もいじめられています」と感想が届いた。初めて「声なき声」に触れることができたと感じた。
古場さんは「屈強なレスラーが応援してくれていると思うと、勇気が出るんじゃないかな」と想像する。
「本当の強さって、孤独な子を仲間に入れてあげるような優しさや踏み出す勇気だと思うんです」。講演では、そう語りかける。
いじめを止めようとしてくれた小学校の級友たち、毎日自宅を訪ねてくれた中学時代の友人、そして、夢を後押ししてくれた両親。振り返れば、多くの強さに支えられてきた。
講演は50回を超え、SNSでも子供たちの相談に乗る。今年度からは、小学校の道徳の授業に招かれ、体験を語っている。「活動はこれからが本当のスタート。今度は僕が支える番です」。悪役レスラーの“戦い”は、まだ始まったばかりだ。(岡本昌子)
将火怒 1982年7月生まれ。岡山県出身。本名は植田 直幹 。リングネームは平将門に由来し、テレビ番組の企画でタレント・映画監督の北野武さんが命名した。得意技は、相手の両足の間に頭を入れて体を持ち上げ、マットにたたきつける「首塚」。現在は「将火怒プロレス」を設立し、関東を拠点に活動している。
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