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医療部発

コラム

麻酔リスク軽視に警鐘 2歳児死亡事故で原告勝訴

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 麻酔にかかわる医療事故を巡って、2006年に小さな男の子(当時2歳)が亡くなった。その後、民事訴訟に発展したこのケースは、発生から12年を経た今年、原告側の勝訴という形でひとつの区切りを迎えた。そのたどった道のりは、いわば医療安全の課題を問い直すものともいえる。2011年から取材を続けてきた記者が検証した。

病院側に約3240万円の支払い命じる判決

 「事故の後、男の子は寝たきりになり、3か月後に亡くなった(遺族提供)」

「事故の後、男の子は寝たきりになり、3か月後に亡くなった(遺族提供)」

 2018年6月21日午後、厚生労働省の記者クラブで、両親の記者会見が開かれた。この少し前、東京地裁で勝訴判決が言い渡されたばかり。亡くなった男の子の父親は、報道陣を前に語った。

 「今後の医療機関のあり方を少しでも改善することにつながれば、天国にいる息子も報われると思います」

 両親が2014年、わが子の命日に当たる12月25日、榊原記念病院(東京都府中市)の運営法人を相手に起こした民事訴訟。東京地裁の判決は、病院側に約3240万円の支払いを命じる内容だった。双方とも控訴しなかったため、この判決は7月5日、原告側の勝訴で確定した。病院は取材に対し、代理人を通じて「司法判断を真摯に受けとめる」などと文書でコメントした。

全身麻酔で血圧急低下 低酸素脳症に

 男の子は生まれつき重い心臓病を抱えていた。事故は2006年9月、手術を控えて、心臓の状態を調べるためにカテーテル検査をしようとしたときに起きた。足の付け根の血管から心臓までカテーテルという細い管を入れる検査だ。小児科医が検査の前に全身麻酔をかけると、状態が急変。血圧が急に下がり、脳に血液が行き渡らなくなって低酸素脳症を来した男の子は、意識不明のまま、この年12月に亡くなった。

 東京地裁の判決は、血圧低下のリスクが高い吸入麻酔薬を通常より高濃度で使い、そのまま濃度を下げなかった点を問題視。そのうえ、血圧管理が十分でなく、急変した場合に素早く薬を注入できるよう静脈にチューブをつないで点滴ルートをとっておく対策もなかったことを考え合わせ、医師の注意義務違反を認めている。

 病院側は控訴期限の7月5日が過ぎた6日午前0時過ぎ、原告側の代理人あてに控訴しなかった旨を伝え、確定ならば判決通りの賠償額を支払うとする文書をファクスで送った。

「麻酔は命にかかわる」 リスクの認識不十分

 この事故を踏まえて、カナダや米国での診療経験が長く、麻酔の安全対策に詳しい聖路加国際大学の宮坂勝之・特任教授は指摘する。

「日本では、麻酔は命にかかわることで、それ自体がリスクだという認識が不十分です。特に検査の場合、安全管理が軽視されやすくなっています」

 検査における麻酔や鎮静で特に患者のリスクが軽視されがちなのは、医師が検査に気を取られてしまううえに、治療そのものではないだけにリスクへの意識が薄れやすいため、とみられる。

 2010年に日本小児科学会が行った調査では、鎮静薬で眠らせる子どものMRI検査で、患者の呼吸停止を経験した病院は2割近くに上った。全身麻酔ほど反応を失う状態ではない鎮静の段階でも事故のリスクがあるという結果だ。同学会は13年、日本小児麻酔学会、日本小児放射線学会と3学会共同で安全策を提言した。例えば、患者の監視に専念する医師や看護師を配置することなどを求めている。この後、同学会が2016年に再び調べると、監視に専念する人員を配置していない病院は、まだ2割以上あった。

専門外の医師による麻酔にも制限なし

 専門でない医師の麻酔も、問題が指摘されている。ただ、そもそも専門外の医師が麻酔をかけることに制限はなく、十分に習熟していない医師も手がけているのが医療現場の現実だ。

 男の子の麻酔に使われたのは1959年に発売された古い薬で、不整脈や血圧低下のリスクがあるフローセン(2015年、武田薬品工業が販売中止を発表)だったが、あるベテラン麻酔科医はこう話す。

 「2006年当時でも、専門家の間では使いやすい新しい薬を使うのが常識だった。重い心臓病の子どもの麻酔は特にリスクが高く、専門外の医師が行うのは危険」

 東京女子医大病院で14年、鎮静薬の過剰投与で子どもが死亡した例では、耳鼻咽喉科の主治医らに危険性への十分な認識がなかったことが調査で指摘された。17年に相次いで発覚した無痛 分娩(ぶんべん) を巡る事故も、1人の産婦人科医が出産も麻酔も担う状況で起きた例が目立っていた。

 日本小児麻酔学会前理事長の竹内護・自治医大麻酔科教授は「麻酔は専門の医師が行うべきだが、専門家が不足している現状では、少なくとも、各病院で十分な安全対策ができているか改めて点検する必要がある。今後、臨床研修制度で麻酔科を必修にするなど、初期教育の見直しも検討すべきではないか」と指摘している。

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医療部発12最終300-300

読売新聞東京本社編集局 医療部

1997年に、医療分野を専門に取材する部署としてスタート。2013年4月に部の名称が「医療情報部」から「医療部」に変りました。長期連載「医療ルネサンス」の反響などについて、医療部の記者が交替で執筆します。

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1件 のコメント

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麻酔事故について知れてよかった

スタディ

この事故についてのご家族の行動は素晴らしいと思いました。 いろいろな思いがあったと思いますが、おかげで知ることができました。 該当の病院に少し前...

この事故についてのご家族の行動は素晴らしいと思いました。
いろいろな思いがあったと思いますが、おかげで知ることができました。
該当の病院に少し前、家族が入院しました。
ナースがあたたかい対応で、ドクターも患者のことを考えた対応をしていただき、とてもよい病院でした。患者を大切にしている様子が伝わる病院でした。
この事故については残念です。
当時、ネットでいろいろ調べましたが、この事故のことは出てきませんでした。
どうしたらこういう情報にたどり着けるのでしょうか?
うわさレベルでなく、情報共有できる仕組みがあれば良かったのにと思います。
今回、この記事にしていただいてありがとうございます。

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