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認知症介護あるある~岡崎家の場合~

医療・健康・介護のコラム

バーチャルリアリティーで体験! 「認知症の人の世界」ってどんなところ? 

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おばあちゃんになって何かわからないものを探す

 そして、いよいよVR体験の時間です。独自に開発された「認知症の人がいる世界」の映像を各自のスマートフォンにダウンロードして、それを装着したゴーグルと、イヤホンを着けて疑似体験のスタートです。

 認知症になった75歳くらいのおばあちゃんの視点になる、3編のVRプログラムが用意されていました。まず最初は、「ものの名前がわからなくなる」という体験です。

 自分はリビングのソファに座ってテレビを見ています。すると、すぐ目の前のキッチンにいる娘(林さんが演じています)が大きな声で「サモキを取って!」と言うのです。でも、「サモキ」という言葉の意味がわかりません。それでも娘は「取って!」と言い続けます。

 「サモキ」を探してあちこち見渡すと、上下左右、本当にその部屋の中にいるように、自分が首を動かした方向に視界が変わっていきます。そうやって部屋の隅から隅まで見ることができるのですが、「サモキ」らしいものは見つかりません。耳からは、娘が「早く!」とせかす声が聞こえます。「もしかして、わからないの!?」と、厳しいことも言ってきます。

 向こう(娘)が当たり前にわかっている様子なのに、自分がわからないことに焦ってきます。せかされたり、バカにされたようなことを言われて、イライラもしてきました。

実は知らない言葉だった…これが認知症の感覚?

 映像が終わり、ゴーグルとイヤホンを取ったところで明かされるのが、実は「サモキ」というのは林さんの造語だということ。そりゃ、私たちが「サモキ」を部屋の中から見つけることができないはずです。でも、認知症になり、いろいろな言葉が記憶からこぼれ落ちていってしまったら、同じような感覚になるのでしょう。それをかなりリアルに体験できました。

 この後、ものの概念を失った感覚を知るため、目の前にあるものがどの角度から眺めても何なのかわからない……という体験などをしていきました。

辛辣? コレ、いつもの私ですが…

 このセミナーのことを教えてくれた知人が、「娘がとにかく感じ悪い」のが見どころ(?!)と力説していたので、一体どんな強烈な人が出てくるのかと、怖いもの見たさ的にドキドキしながら「認知症の人の世界」に入っていきました。

 ですが、目の前に現れたのは、私が父さんに対して、まったく穏やかでない介護をしているときの「認知症介護あるある」な光景でした。そして、知人が「一切、容赦がない」と、恐ろしそうに語っていた娘の対応は「はい、コレいつもの私です!」なレベルです(いや、私はもっと 辛辣(しんらつ) ……)。

 普段と違ったのは、言う側の私(娘)が言われる側(認知症の母親)になっているということ。そうか、私の言ったことに対して、父さんが困惑しているときの頭の中はこんなふうになっているのか! だけど、私はそれがわからずイライラしてばかり(林さんの演技? リアルでした)。あんな感じで、自分がわからないことに対して、キレられたり、バカにされたりしたら、正直、キツい。気が付けば、すっかり認知症の人の気持ちになっている自分がいました。

「まず寄り添ってみよう」介護生活21年目に誓う 

 セミナーの参加者は、私を含めて6名。全員女性でしたが、医療関係者、福祉施設に勤務する方など認知症になじみのある方から、親御さんの将来に不安がある主婦など、立場はさまざまでした。セミナー中には、ワークショップ形式で参加者同士が意見交換をする時間も多く設けられています。

 VR体験後、私とペアになった参加者が「外国人と話している感じ」だと表現していました。ですが、海外旅行と違って、症状が進行して認知症の世界に行ってしまった人は、わからないことを自分から伝えるのが難しく、現状では言葉が通じる世界に帰ることもできないのです。

 それならば、できる方がジェスチャーでも、絵でも、ただ触れ合いぬくもりを伝えるだけだったとしても、コミュニケーションの方法を模索するべきなのではないでしょうか。自分が介護される立場になったとき、そうしてもらいたいと心から思いました。

 私ったら、いつの間にかすっかり認知症の人の視点でものを考えているではありませんか! そして、それこそが今回のセミナーで得た大きな収穫であり、「おだやか介護」への第一歩なのかもしれません。

 VRという新しい技術のおかげで、「認知症の人の世界」を疑似的にでも体験してみて、「父さんとの会話にイライラする前に、少しでも父さんがいる世界に寄り添ってみよう」と、今さらかもしれませんが、強く心に誓ったのです。介護生活21年目に向けて――。(岡崎杏里 ライター)

登場人物の紹介はこちら

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認知症介護あるある~岡崎家の場合~

岡崎杏里(おかざき・あんり)
 ライター、エッセイスト
 1975年生まれ。23歳で始まった認知症の父親の介護と、卵巣がんを患った母親の看病の日々をつづったエッセー&コミック『笑う介護。』(漫画・松本ぷりっつ、成美堂出版)や『みんなの認知症』(同)などの著書がある。2011年に結婚、13年に長男を出産。介護と育児の「ダブルケア」の毎日を送りながら、雑誌などで介護に関する記事の執筆を行う。岡崎家で日夜、生まれる面白エピソードを紹介するブログ「続・『笑う介護。』」も人気。

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日野あかね(ひの・あかね)
 漫画家
 北海道在住。2005年にステージ4の悪性リンパ腫と宣告された夫が、治療を受けて生還するまでを描いたコミックエッセー『のほほん亭主、がんになる。』(ぶんか社)を12年に出版。16年には、自宅で介護していた認知症の義母をみとった。現在は、レディースコミック『ほんとうに泣ける話』『家庭サスペンス』などでグルメ漫画を連載。看護師の資格を持ち、執筆の傍ら、グループホームで介護スタッフとして勤務している。

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1件 のコメント

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母は認知症

悩めるくにべー

母が 認知症アルツハイマーと診断され四年。 薬を飲ませたり 食事を運んだりの生活が二年続いています。でも 何も覚えていません。挙げ句の果てに 何...

母が 認知症アルツハイマーと診断され四年。
薬を飲ませたり 食事を運んだりの生活が二年続いています。でも 何も覚えていません。挙げ句の果てに 何もしてくれない!子供なんか 産むんじゃなかった!と怒ってます。
毎日毎日 死にたい!生きてる価値がない!と同じ話の繰り返し、おまけに妄想が酷くなってきてます。デイサービスには 朝起きれず 文句言って 布団から出ず 結果行けず…
そのくせ 夕方になると ふらふら出歩きます。
本人が一番辛いのでしょうけど 周りの家族も
迷い 悩み 疲れ果ててます。先が不安です。

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